令和6年度版

 

第1章 労働憲章(労働者の人権保障)

序論 労働憲章(労働者の人権保障)の全体構造

まず、労働憲章(労働者の人権保障)で学習します事項の全体構造を見ておきます。

 

当サイトでは、労働憲章について、〔1〕平等原則、〔2〕不当な人身拘束の禁止、〔3〕中間搾取の禁止、及び〔4〕公民権行使の保障の4つの類型により整理します(労基法以外も考慮しますと、〔5〕「その他」の類型が加わります)。

 

 

〇 労働憲章(労働者の人権保障)の全体構造:

 

〔1〕平等原則

 

1 均等待遇(第3条)(こちら

 

2 男女同一賃金の原則(第4条)(こちら

 

※ 労基法以外で定められている労働条件に関する平等原則については、男女雇用機会均等法(労働一般のこちら以下)等が重要です。

 

※ なお、いわゆる非正規雇用労働者こちらを参考)についての均衡待遇のルールについては、こちらで見ました。 

 

 

〔2〕不当な人身拘束の禁止

 

1 強制労働の禁止(第5条)(こちら

 

2 労働契約の期間の制限(第14条)→ これは、労働契約の個所(こちら)で見ました。

 

3 賠償予定の禁止(第16条)(こちら

 

4 前借金相殺の禁止(第17条)(こちら

 

5 強制貯金の禁止(第18条)(こちら

 

6 寄宿舎における私生活の自由の保障等(第94条(労基法のパスワード))→ これは、寄宿舎の個所(こちら)で見ます。

 

 

〔3〕中間搾取の排除第6条)(こちら

 

〔4〕公民権行使の保障第7条)(こちら

 

〔5〕その他、プライバシー等人格権の保障憲法第13条民法第90条等)こちら以下

 

 

 

労働憲章については、択一式において、通常、毎年度出題されます。

 

例えば、直近の令和5年度の択一式試験においては、問4(こちら以下) において4肢が出題されています。

労働条件の決定(【令和5年問4A】 )、均等待遇(【令和5年問4B】 )、強制労働の禁止(【令和5年問4C】)及び中間搾取の排除(【令和5年問4D】 )です。 

 

令和4年度の択一式試験においては、労働条件の原則(【令和4年問4A】 )、均等待遇(【令和4年問4B】)、男女同一賃金の原則(【令和4年問4C】 )及び強制労働の禁止(【令和4年問4D】 )の4肢が出題されています。 

 

令和3年度は、選択式において、第16条の賠償予定(違約金)の禁止が出題され(こちらの空欄A)、択一式において、労働条件の原則(【令和3年問1A】 均等待遇(【令和3年問1B】)、強制労働の禁止(【令和3年問1C】)、公民権行使の保障(【令和3年問1D】)、前借金相殺の禁止(【令和3年問2C】)及び任意貯金(【令和3年問2D】)の6肢が出題されています。

 

令和2年度の択一式試験においては、均等待遇(【令和2年問4A】)、強制労働の禁止(【令和2年問4B】 )、中間搾取の排除(【令和2年問4C】 )及び公民権行使の保障【令和2年問4D】 )の4肢が出題されています。

 

令和元年度の択一式試験においては、男女同一賃金の原則(【令和元年問3ア】)、強制労働の禁止(【令和元年問3イ】)、公民権行使の保障(【令和元年問3ウ】)及び強制貯金の禁止(【令和元年問4B】)の4肢が出題されています。

 

平成30年度の択一式試験においては、均等待遇(【平成30年問4イ】)、男女同一賃金の原則(【平成30年問4ウ】)及び賠償の予定の禁止(【平成30年問5B】)の3肢が出題されています。

 

平成29年度の択一式試験においては、問5(4肢。こちら以下)で出題されています。

 

平成28年度は、問1(2肢。均等待遇(【平成28年 問1ウ】)及び中間搾取の控除(【平成28年 問1エ】)。なお、労働条件の原則等を含めますと4肢)で出題され、平成27年度は、問1(4肢)等で出題されています。

 

 

そして、選択式で出題された場合に、必ず得点することを心がけて学習して頂く必要があります。

労働憲章の各規定の内容自体は、今までの「労働契約」等の諸問題に比べて難しいわけではなく、選択式で出題された場合に失点しますと致命的になるおそれがあり(他の受験生の正答率が高いはずだからです)、労働憲章の各規定のキーワードは丸暗記しなければいけません(つまり、常に選択式で出題されることを念頭に、キーワードをチェックする学習をして下さい)。

チェックすべきキーワードは、当サイトの各条文の太字部分(特に赤字部分)です。ここを暗記して下さい。

 

初学者の方は、各セクション・単元をざっとお読み頂き、アウトラインを把握して頂き、(時間があれば、過去問を解いて頂いてから)キーワードの暗記に努めて下さい。

初めのうちは、なかなか記憶はできませんが、何度もテキストを読んでいくうちに、多くのキーワードは自然に記憶することができるはずです。

何度も繰り返しテキストを熟読し、思い出して頂くことが、記憶(ひいては合格)のためのポイントです。

 

以下、平等原則のうち、均等待遇から学習します。

 

 

 

第1節 平等原則(雇用差別の問題)

労基法上の平等原則に関する規定として、均等待遇(第3条)と男女同一賃金の原則(第4条)があります。以下、順に見ます。

 

 

 

§1 均等待遇(第3条)

◆使用者は、労働者の国籍信条又は社会的身分理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはなりません(第3条)。

 

 

【条文】

第3条(均等待遇)

使用者は、労働者の国籍信条又は社会的身分理由として、賃金労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

 

 

【ポイント】

 

キーワードを必ず覚えなくてはいけない条文です。基本的な内容の理解については容易なため、軽視しやすい規定ですが、正確に覚えていませんと、選択式で通用しません(労働憲章の規定では、このようなものが多いです)。

例えば、選択式において、「使用者は、労働者の【A】、【B】又は【C】を理由として差別的取扱をしてはならない」といった出題がなされ(実際は、ここまで極端に空欄が作られることはありませんが)、選択肢として「人種」、「思想」、「信仰」、「門地」といった紛らわしいものがあるときに苦労することになります。

裸の丸暗記だけでは心もとないので、次のゴロ合わせを活用しておきます。

 

※【ゴロ合わせ】

・「労働条件は、深刻な社会さ

 

→「労働条件は、深(=「信」条)、刻(=「国」籍)な、社会(=「社会」的身分)、さ(=「差」別的取扱いの禁止)」

 

 

なお、本規定の「国籍、信条、社会的身分」は、既述のブラックリストの禁止(第22条第4項こちら)においても問題となることに注意です。

 

 

○趣旨

 

本条は、憲法第14条第1項(法の下の平等)を受けて、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由とした労働条件についての差別的取扱いを禁止したものです。

 

 

【参考条文 憲法第14条】

憲法第14条

1.すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 

2.華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

 

3.栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

 

(参考:「門地」とは、家系・血統等の家柄のことです。社会的身分については、後述します。) 

 

 

一 要件

◆使用者が、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱いをすること(第3条)。

 

(一)差別的取扱いが禁止される理由 ➡ 限定列挙

1 限定列挙

 

まず注は、本条は、労働者の「国籍信条又は社会的身分のみを理由とした労働条件に関する差別的取扱いを禁止したものであり、「国籍、信条又は社会的身分」以外を理由とした差別的取扱いは対象としていないことです。

即ち、本条の「国籍、信条又は社会的身分」は限定列挙であり、右以外の理由に基づく差別的取扱いは対象としていません。

 

【過去問 平成23年問1A(こちら)】/【平成25年問5D(こちら)】/【平成29年問5ア(こちら)】

 

※ この点、前掲の憲法第14条第1項の法の下の平等(以下、「平等原則」ということがあります)の場合は、判例は、同規定の「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」を例示列挙と解しています(つまり、これらの事由・理由以外についても憲法第14条第1項は適用されます)。(【尊属殺規定違憲判決=最大判昭和48.4.4】)

 

その理由としては、憲法第14条第1項の趣旨は、平等な取扱いによって個人の尊厳の実現(憲法第13条)を図ることにあるところ、同規定の「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」による差別には該当しないものであっても個人の人格を傷つけるような差別は存在する以上、同規定の人種等の事由を限定列挙と解しては個人の尊厳は実現できないことにあるものと解されます。

対して、本件の労基法第3条の均等待遇の場合は、(後述のように)違反について罰則が適用されるため、罪刑法定主義の見地(刑罰権行使の不当な拡大の防止の趣旨。憲法第31条参考)から、あらかじめ罰則の対象となる行為を限定しておく必要があるという違いがあります。

そこで、本条は、「国籍、信条又は社会的身分」を理由とする場合に限り適用されることとなっています。

  

従って、本条の差別的取扱いの理由は限定列挙であり、例えば、性別理由とする差別的扱い含みません

 

【過去問 平成14年問1A(こちら)】/【平成19年問1E(こちら)】

 

これは、かつて労基法自身が、女性保護規定(女性のみの深夜業禁止や時間外労働の制限等)を置いて男女の労働条件を区別していたことを背景としています(現在は、改正されています)。

ただし、第4条(男女同一賃金の原則)や男女雇用機会均等法(労働一般のこちら以下)において男女間の差別禁止規定があり(その他、民法第90条により公序良俗違反が問題となることがあります)、あくまで、第3条としては性別を理由とする差別的取扱いは対象としていない、ということに過ぎません。 

 

 

 

2「国籍、信条又は社会的身分」の意義

 

(1)国籍

 

「国籍」とは、国民たる資格のことです。

 

(なお、憲法第14条第1項に規定されている「人種」については、労基法第3条の「国籍」あるいは「社会的身分」に含まれると解釈するのが一般ですが、争いがあります。)

 

 

◯過去問: 

 

・【令和2年問4A】

設問:

労働基準法第3条に定める「国籍」を理由とする差別の禁止は、主として日本人労働者と日本国籍をもたない外国人労働者との取扱いに関するものであり、そこには無国籍者や二重国籍者も含まれる。

 

解答:

正しいです。

「国籍」とは国民たる資格のことですから、「国籍」を理由とする差別の禁止は、主として日本人労働者と日本国籍をもたない外国人労働者との取扱いに関するものとなります(その他、例えば、日本で労働する外国人労働者間において、国籍を理由として労働条件を違えることなども対象となります)。

また、無国籍や二重国籍を理由とする差別も、国籍に基づいた差別ですから、第3条の射程に入ります。

 

 

 

 

(2)信条

 

「信条」とは、思想、信念など人の内心におけるものの考え方をいい、宗教的な信仰のほか政治的な信念も含まれます(水町「詳解労働法」第2版315頁(初版308頁)参考、菅野「労働法」第12版245頁参考)。

【昭和22.9.13発基第17号】は、「信条」とは、特定の宗教的又は政治的信念をいうとします。

 

例えば、特定の政党の党員ないし支持者であることを理由として、賃金を引き下げたり、解雇したりするなど、信条自体を根拠として差別的取扱いをすることは、本条に違反します。

 

対して、特定の信条・思想に従って行う行動が企業の秩序や利益を侵害する場合に、その行動を理由に差別的取扱いをすることは本条違反の問題を生じさせないとされています(「信条」を理由とする区別ではなく、「行動」に基づく企業の利益の侵害を理由とする区別だからです)。【過去問 令和5年問4B(こちら)】

例えば、特定の政治的思想に基づいてデモを開催する旨のビラを会社内で配布した行為については、職場規律違反として懲戒処分の対象となることがあり得ます(既述(こちら)の懲戒処分の【目黒電報電話局事件=最判昭52.12.13】等を参考です)。

 

ただし、「行動」を理由とする措置(区別)が正当性を有することは必要であり(例:懲戒処分としての適法性を有すること)、具体的には、当該行動の目的、当該行動の内容、程度等を考慮する必要がありますが、違法な「行動を理由とする措置(区別)」の中には、実質的には「信条」そのものを理由とした差別的取扱いであると同視できる場合がありうると考えられます(例えば、特定の信条を有する労働者の規律違反行為について、同種の事案に比較して不相当に重い懲戒処分を課しており、信条を重視した背景があるようなケース)。

 

菅野「労働法」第12版246頁は、「均等待遇原則は、思想・信条そのものを理由とする差別的取扱いを禁止するだけであって、特定の思想・信条に従って行う行動が企業の秩序や利益を侵害する場合に、その行動を理由に差別的取扱いをするのを禁止するものではない。

ただし、『行動』を理由とする差別的取扱いが適法とされるためには、その行動による企業秩序(利益)の侵害が当該取扱いを正当化するに足るだけの内容・程度のものでなければならない。そうでなければ、結局、その行動に現れた思想・信条を理由とする差別的取扱いであるとして違法とされることがありうる。」とします(水町「詳解労働法」第2版316頁同旨。厚労省コンメ令和3年版上巻72頁結果同旨)。

 

 

・【大日本紡績事件=最判昭和30.11.22】は、次のように判示しています(レッドパージ(いわゆる赤狩り)により解雇された労働者が、当該解雇は第3条違反で無効であるとして訴えた事案)。

 

「原審の認定するところによれば、本件解雇は、上告人等が共産党員若しくはその同調者であること自体を理由として行われたものではなく、右解雇は、原判決摘示のような上告人等の具体的言動をもって、被上告人会社の生産を現実に阻害し若しくはその危険を生せしめる行為であるとし、しかも、労働協約の定めにも違反する行為であるとして、これを理由になされたものである、というものである。そして、原審の認定するような本件解雇当時の事情の下では、被上告人会社が上告人等の右言動を現実的な企業破壊的活動と目して、これを解雇の理由としたとしても、これをもって何等具体的根拠に基かない単なる抽象的危虞に基く解雇として強いて非難し得ないものといわねばならない。してみると、右解雇は、もはや、上告人等が共産党員であること若しくは上告人等が単に共産主義を信奉するということ自体を理由として行われたものではないというべきであるから、本件解雇については、憲法14条、基準法3条違反の問題はおこり得ない。」

 

  

 

 

◯過去問: 

 

・【平成24年問4A】

設問:

労働基準法第3条が差別禁止事由として掲げている「信条」とは、政治的信条や思想上の信念を意味し、そこには宗教上の信仰は含まれない。

 

解答:

誤りです。

第3条の「信条」とは、宗教的信念、宗教上の信仰も含まれるとされています(【昭和22.9.13発基第17号】)。

 

 

・【令和4年問4B】

設問:

労働基準法第3条にいう「信条」には、特定の宗教的信念のみならず、特定の政治的信念も含まれる。

 

解答:

正しいです(【昭和22.9.13発基第17号】)。

第3条は、「宗教」ではなく「信条」と規定している以上、「信条」を「宗教的信念」に限定する理由はありません。

 

 

 

(3)社会的身分

 

「社会的身分」とは、生来的な地位をいうものと解され(前掲の【昭和22.9.13発基第17号】参考。例えば、出身地、門地、非嫡出子であることなどです)、後発的理由による地位(例えば、パートタイム労働者、孤児、受刑者、破産者であることなど)は含まないと解されています(もっとも、争いはあります。が、試験対策上は、以上を押さえれば足りるでしょう。次の※部分も、あくまで参考です)。

 

※ 社会的身分の意義をあまり広げて解釈しますと、例えば、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との違い(期間の定めの有無や所定労働時間の長さなど)が広く本条違反の射程に入ってくるおそれがあるなど、使用者の経営の自由を害しすぎる危険があるといえます。

そこで、本条の沿革(元来、生来的な地位を理由とした差別の撤廃を図ろうとしたもの)を考慮して、後発的理由による地位は含まないと解しているものといえます。

 

※ なお、憲法第14条第1項の法の下の平等における「社会的身分」については、判例(【最大判昭39.5.27】)は、人が社会においてある程度継続的に占める地位または身分と解しており、後発的理由による地位も含めていることになります。

しかし、既述のように、憲法第14条第1項においては、社会的身分等の所定の事由は単なる例示列挙と解されているため、社会的身分に後発的理由による地位を含めるかどうかはあまり重要な問題ではないという違いがあります。

 

 

3「理由」

 

国籍、信条又は社会的身分を「理由として」差別的取扱いをすることが禁止されます。

 

 

この「理由として」の解釈は大きな問題です。

 

(1)差別意思

 

本条の「理由として」は、客観的な因果関係ではなく、使用者の主観的な状態を指すものと解されており、使用者が当該差別的取扱いをした理由(動機)が労働者の国籍、信条、社会的身分にあること(差別意思の存在)が求められているとされます(水町「詳解労働法」第2版319頁(初版312頁)。なお、厚労省コンメ令和3年版上巻80頁(平成22年版上巻75頁)も、「理由として」は、「行為者の主観的な状態を要素とする違法要素」とします)。

 

例えば、ある労働者を転勤させたところ、当該労働者がたまたま特定の「信条」を有していたような場合には、本条の「信条」を「理由」とした差別的取扱いに該当するとはできないでしょう。

当該労働者の「信条」を考慮して転勤させたわけではありませんし、また、このような場合にまで「理由として」に該当するとしては、処罰範囲が不当に拡大するからです。

そこで、使用者が「国籍、信条又は社会的身分」を「認識」して、これに基づき(これを動機・原因として)当該労働者の労働条件を区別したのでなければ、本条には該当しないとできます。

この意味で、使用者の主観的な状態(差別意思)は問われるといえます。

 

なお、本条では罰則が定められていますから(第119条第1号)、刑法総則が適用され、故意犯であることが必要となります(刑法第38条第1項)。

そこで、使用者が、本条の主要な構成要件である「労働者の国籍、信条又は社会的身分」及び「労働条件について差別的取扱をすること」に該当する事実を認識(認容)することが必要といえます。

 

ちなみに、差別意思を要件とする差別的取扱いの禁止を「直接差別」といいます。

沿革的には、日本やアメリカのように、まずは差別意思を要件とする直接差別が規制され、その後(アメリカでは1970年代以降)、差別意思を要件としない間接差別が規制されていきます(間接差別については、労働一般のこちら以下です)。

個人の意思に基づかない(個人が選択・コントロールできない)生来的な属性(例:人種・国籍、性別、社会的身分等)や個人の人格・自己実現にとって極めて重要な基本的権利(自己の中心を形成する属性。例:思想、信条等)に対する、差別意思を有する(その意味で帰責性が強い)異別取扱いこそが規制の必要性が明白であったという事情があって、直接差別の禁止が先行したのかもしれません(なお、前者の人種・国籍等は、区別の事由(属性)の問題であるといえ、後者の思想・信条等は、区別に係る権利・利益の性格等の問題であるといえます)。 

このような対象となる属性・権利の重大性(人権の中核的要素性)、当該属性・権利に対する侵害の不公正性の強さ等から、当該属性・権利に対する不当な取扱いを禁止する内容(効果)として、同一に取扱うことが要求され、有利に取り扱うことも禁止されるのが基本となり、このように効果が厳格であることも加味されて、その要件については、差別意思という主観面を要求して限定化することによってバランスが保持されているともいえます。 

 

 

なお、使用者が、労働者の国籍、信条又は社会的身分を「認識」して、これに基づき(これを動機・原因として)労働条件について差別するなら、「国籍等の認識」と「労働条件についての差別的取扱い」との間に「因果関係」が存在すると説明することもできると思われます。

つまり、行為者の主観面についても、因果関係は問題となり、「理由として」は、広くは因果関係・関連性の問題であると表現することができると考えます。

因果関係にどのような機能を持たせるかにもよりますが、行為には主観的要素も含まれる以上、一般的には、因果関係から主観的な関連性・影響性を除外する理由はないからです(つまり、客観的事情及び主観的事情を基礎として、関連性を判断することはできます)。

このように、「理由として」は、基本的には「因果関係」の意味であり、本条では、因果関係について主観的な関連性が重視されていると説明できるように思います。

 

(なお、川口「労働法」初版195頁は、本条の「理由として」は、「①差別的意思(当該国籍、信条、社会的身分に対する否定的評価の存在)、及び、②差別的意思と差別的取扱との因果関係の双方を含む概念と解される」旨を述べられています。

同第5版221頁では、同条の「理由として」は、「①当該労働者の国籍、信条、又は社会的身分と②差別的取扱との間の『因果関係』、すなわち、『使用者が、労働者の国籍、信条、社会的身分を認識し、そのことの故に差別的取扱いをしようと意欲し、差別的取扱を実現したこと』の存在を示す概念と解される」旨を述べられています。)

(以上について、関連問題を「マタハラ判決」のこちら以下で考察していますが、さしあたりはスルーして頂いて結構です。先にお進み下さい。)

 

なお、差別意思・主観的な意思といっても、使用者の内心の意思を労働者側が立証するのは実際上困難ですから、その意思は、客観的事実、間接事実から推認することとなります。

例えば、使用者の従来の言動(当該労働者の思想、信条を嫌悪する言動をしていた等)や他の労働者との取扱いの違い等をもとにして、使用者の意思が推認されます(裁判実務においても、立証責任の一部を使用者側に転換しているとされます)。

 

 

(2)理由(動機)の競合

 

次に、例えば、労働者の不正行為が発覚した場合において、使用者が、当該不正行為の他に、労働者の日ごろの「信条」をも理由として解雇したようなときに、本条違反にあたるのかが問題です。

「理由の競合」(動機の競合)の問題といわれ、差別的取扱い・不利益取扱いの禁止規定(こちら以下を参考)において広く問題となることが多いです。

労働組合法における「不当労働行為の意思」労組法のこちらについても、類似の問題があります。

 

この点は、複数の理由が競合する場合に、いずれの理由が決定的原因・動機であるかにより判断するという考え方(決定的原因説)と当該理由(例:国籍、信条、社会的身分)がなければ(当該理由を考慮しなければ)、当該差別的・不利益取扱いは行われなかったかどうかにより判断するという考え方(相当因果関係説)に大別されます。

一般には前者の考え方の支持が多いようですが、後者の考え方の方が妥当な結論を導くケースもありえ、当サイトも次のように後者の立場を採っていますがこちら(労基法のパスワード)もご参照下さい)、なお悩ましいところです。

 

「国籍、信条、社会的身分」等の考慮が相対的には小さい場合であっても、これらも考慮して差別的・不利益取扱いしたことが明らかならば(これらを考慮しなければ差別的・不利益取扱いをしなかったのなら)、「国籍、信条、社会的身分」等と差別的・不利益取扱いとの関連性が肯定される以上、これを規制するのでなければ労働者の保護に欠けるおそれもあること、また、決定的原因説では、いずれの影響度も同程度のような場合に処理しにくいことを考えますと、相当因果関係説の方が妥当なように思えます。

そこで、当該理由(事由)を認識して、これに基づき(これを動機・原因として)差別的取扱い・不利益取扱いをした場合は、基本的には、当該禁止規定に該当するものと解されます。 

(つまり、決定的原因がある場合は、差別的取扱い・不利益取扱いに該当しますが、決定的原因がない場合であっても、因果関係が認められれば差別的取扱い・不利益取扱いに該当するものと考えられます。)

 

ちなみに、長谷川珠子教授の「雇用差別禁止法に対する法的アプローチの変遷と課題」(こちら)の6頁以下で掲載されているアメリカ法における理由(動機)の競合の取扱いについて引用しておきます(「連邦最高裁判所が、新たな差別禁止ルールを形成する役割を果たす一方で、連邦最高裁判決により示されたルールは不適切であるとして、連邦議会がそれを否定することも少なくない。」という1例の説明が次のケースです。なお、連邦最高裁判決を参照している箇所について、当サイトで〔 〕内に表示しているほか、当サイトで公民権法第7編の内容を〔 〕内で略記する等の改編をしています)。

 

「また、差別意思の存在が明らかな場合であっても、他の正当な理由がある場合には(いわゆる「動機の競合(mixed-motive case)」の事案)、差別とはならないと判断した連邦最高裁判決〔Price Waterhouse v. Hopkins, 490 U.S. 228 (1989)〕に対しても、1991年公民権法によって 703 条(m)を新設し、雇用上の決定の一要因として差別禁止事由(人種、性等)を考慮したことが証明されれば、他に動機の競合があったとしても、第 7 編〔=公民権法第7編。雇用差別禁止関連法〕違反の差別になることを明記した。」

 

このアメリカ法の動機の競合に関する考え方は、決定的原因説とはいえないのでしょう。

 

なお、後にみます「男女同一賃金の原則」に関する【過去問 令和元年問3ア(こちら)】の解説も参考です。

 

以下、要件の続きです。

 

 

 

(二)賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をすること

1 その他の労働条件

 

「その他の労働条件」には、解雇、災害補償、安全衛生、寄宿舎等に関する条件も含まれます(【昭和63.3.14基発第150号】参考)。

【過去問 平成30年問4イ(こちら)】

 

つまり、本条の「労働条件」も、職場における労働者の待遇の一切をいいます(第1条及び第2条の労働条件と同義です)。

国籍、信条又は社会的身分を理由とした差別的取扱いが許容される「一部の労働条件」が存在すると考えることはできず、全ての労働条件について差別的取扱いを禁止する必要があるからです。

 

 

2 雇入れ

 

なお、本条の「労働条件」に「雇入れ」(採用)も含まれるかは問題です(即ち、雇入れ・採用の際に、求職者の国籍、信条又は社会的身分を理由として不採用等の差別的取扱いができるのかです)。

 

最高裁(【三菱樹脂事件=最大判昭和48.12.12】)は、本条の「労働条件」に雇入れ含まれないと解しており、本条は雇入れ後の差別的取扱いの禁止の規定だとしています(従って、求職者の国籍、信条又は社会的身分を理由として不採用の決定をしても、本条違反の問題は生じないことになります)。

 

【過去問 平成21年問1B(こちら)】/【平成28年問1ウ(こちら)】

 

※ 試験対策上は、以上の判例の結論を押さえると共に判決文の重要部分を読んでおけば足ります(すでに、「労働契約の成立過程の問題」の「採用の自由」の思想・信条による採用拒否の問題の個所(こちら以下)で、判決文を学習しました)。 

 

ちなみに、第3条では、使用者は、「労働者」の国籍等を理由として差別的取扱をしてはならない旨が規定されており、この「労働者」という文言に照らせば、同条は雇入れにより労働関係が発生したあと(「労働者」となった者)についてのみ適用されると考えることも可能です。

ただ、例えば、すでに他の使用者に使用されている「労働者」が、副業・兼業によって求職してきた場合には、副業・兼業先の使用者は国籍等を理由とした差別的取扱いができるのでしょうか。

この副業・兼業の例についても第3条が適用されないと解する場合は、同条は使用者がすでに自ら使用している労働者についてのみ適用されると解釈することになります。

しかし、第3条の文言上は、自ら使用している労働者のみに適用されるという限定はありません。

このように疑義はありますが、罰則のある第3条において「労働者」と規定されている点を軽視することはできないとはいえます。 

なお、仮に第3条が雇入れに適用されないと解したとしても、国籍・信条・社会的身分を理由とする採用差別は、民法第90条に違反し、不法行為を構成する余地があると解すべきでしょう。

 

 

 

3 差別的取扱い

 

(1)「差別的取扱」とは、当該労働者を有利又は不利に取り扱うことをいいます(即ち、有利に取り扱う場合も含まれます)。

 

【過去問 平成27年問1B(こちら)】/【令和3年問1B(こちら)】

 

「差別的取扱」という文言上は、労働者を有利に取り扱うことも含むことができますし、特定の労働者を有利に取り扱うことも平等な取扱いでない(他の労働者が不利益に取り扱われます)からです。

つまり、差別的取扱いの禁止とは、基本的に、同一に取り扱うことが要求されるものです。

 

 

(2)ただし、合理的な区別は、「差別的取扱い」に該当しないと解されます(憲法第14条第1項の平等原則においても、合理的な区別まで否定しているものではありません。事実上の差異が存在することを無視して形式的平等を貫いては、かえって個人の尊厳を傷つけるおそれがあるからです)。

 

この点、【東京都管理職選考事件=最大判平成17.1.26】は、東京都の保健師として採用された特別永住者(保健師としての採用については日本国籍は要件でありませんでした)が、管理職試験を受験しようとしたところ、日本国籍を有しないことを理由として受験が認められなかったため、国家賠償法に基づき、東京都に対して慰謝料の支払等を請求した事案において、次のように判示しています。

 

「普通地方公共団体は、職員に採用した在留外国人について、国籍を理由として、給与、勤務時間その他の勤務条件につき差別的取扱いをしてはならないものとされており(労働基準法3条、112条、地方公務員法58条3項)、地方公務員法24条6項に基づく給与に関する条例で定められる昇格(給料表の上位の職務の級への変更)等も上記の勤務条件に含まれるものというべきである。しかし、上記の定めは、普通地方公共団体が職員に採用した在留外国人の処遇につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることまで許されないとするものではない。また、そのような取扱いは、合理的な理由に基づくものである限り、憲法14条1項に違反するものでもない。〔以下、省略。〕」

 

※ 上記判決が引用する労基法第112条については、適用除外の個所で掲載しました(こちら以下)。

同条からは、公務員についても、労基法が適用されることとなっていますが、実際には、国家公務員法や地方公務員法等の特別法の適用により、この第112条は適用が制限されています。

ただし、本件の地方公務員の一般職の場合は、労基法の規定が適用されるものが多く、本件で問題となる労基法第3条(均等待遇)も適用されます(地方公務員法第58条第3項)。

そこで、本判決は、労基法第3条について言及しているものです。

 

なお、本判決は、結論として、東京都の措置に合理性を認め、労基法第3条憲法第14条第1項に違反しないとしています。

これについては、法の下の平等、外国人の公務就任権、公権力を行使する職務に当たる公務員への就任、特別永住者といった憲法上の論点を含む重要な問題の検討が必要であり、簡単に本件東京都の措置が前掲の規定に違反しないとはいえないのですが(当サイトでは批判的です)、これは社労士試験の範囲を超えるため、ここでは省略します。

 

いずれにしましても、注意点は、均等待遇を定めた第3条は、「差別的取扱をしてはならない」としていますが、合理的な区別(合理的な理由に基づく異なる取扱い)は同条に違反しないということです(条文上は、国籍等を「理由と」する「差別的取扱」における、①「理由とする」に該当しない、②「差別的取扱い」に該当しない、③「①『理由とする』②『差別的取扱い』」を一体とした「理由とする差別的取扱い」に該当しないといったような構成があり得ます)。

 

ただし、国籍、信条又は社会的身分に基づいた区別が合理的といえるようなケースは、特段の事情がない限り認められないであろうという点は別問題です。

 

なお、上記の差別的取扱いの禁止における「例外」のケース(合理的な区別として許容されるケース)の問題は、「不利益取扱いの禁止」においても同様の問題が発生する余地があります。

この点で、男女雇用機会均等法第9条第3項(事業主は、妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない)についてのマタニティ・ハラスメントに関する最高裁判例(【広島中央保健生協事件 = 最判平成26.10.23】)は興味深いのですが(形式的には「不利益取扱い」に該当しているように見える場合について、実質的な見地から同規定に違反しないという構成を採っていると解されるような判例です。特にこちら以下を参考)、難解ですので、ここでは先に進んで下さい。

 

 

以上で、要件に関する問題を終わります。 

 

 

 

二 効果

(一)基本的効果

◆使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはなりません(第3条)。 

 

 

 

(二)公法上の効果

1 使用者が本条に違反した場合は、罰則の適用があり、6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられます(第119条第1号)。

 

※ 労基法上の罰則(こちら以下)で、上から3番目に重い罰則のグループです。

 

2 なお、本条の違反は、現実に差別的取扱いをした場合に成立し、労働協約就業規則等に差別待遇を定めただけでは本条違反とはなりません(条文を素直に読めば、そのように解されます)。

もっとも、当該労働協約等の規定は、強行規定(=本条)違反として無効となることは次に述べます。  

 

以上の2については、近時、「男女同一賃金の原則」(第4条。【令和4年問4C(こちら)】)や「賠償予定の禁止」(第16条。【令和4年問5C(こちら)】)などで類問が問われていますので、注意です 。

 

 

 

(三)私法上の効果

本条に違反する解雇、配転、懲戒処分等の法律行為は、強行規定違反として無効となります(第13条の強行的効力。こちら)。

 

 

また、本条違反が事実行為によりなされたとき(例えば、作業の割当てや昇給・昇格等の査定における差別)は、不法行為(民法第709条こちら)にあたり、損害賠償責任が生じます。 

 

 

ただし、第13条の強行的効力のほかに、労働契約の当該無効部分は労基法で定める基準によるという直律的効力までは認められるのかは争いがあります。第3条は「差別的取扱をしてはならない」と規定しているだけであり、第13条の「この法律で定める基準」が明確でない場合があるからです(例えば、信条を理由として昇給を不当に低額に押さえていた場合、昇給の基準に属人的要素(成果を重視する等)が多いようなときは、本来形成されるべきであった賃金額の基準が容易に判断できないことがあります。対して、不法行為に基づく損害賠償請求の場合は、本来額との差額が認定できない場合であっても、例えば慰謝料を請求することが可能です)。

適用すべき基準が明らかな場合は、第13条の適用又は類推適用によって、労働契約に基づき賃金の差額を請求することができる余地はあります。

同様の問題は、男女同一賃金の原則(第4条)や強制労働の禁止(第5条)などにおいても生じます。

 

 

 

三 本条以外の差別禁止規定

なお、本条に規定されていない差別の事由に関しては、「賃金」における男女の差別的取扱いの禁止については、次に見ます労基法第4条において、性については男女雇用機会均等法(同法第5条(労働一般のパスワード)第6条)において、年齢については労働施策総合推進法(旧雇用対策法)第9条において、障害については障害者基本法第4条(差別の禁止)、障害者雇用促進法第34条及び第35条(障害者に対する差別の禁止)などにおいて、差別禁止が定められています(既述の「採用の自由」の「選択の自由」 の個所(こちら)も参考にして下さい)。 

 

 

以下、過去問を見ます。

 

 

 

○過去問:  

 

・【平成14年問1A】

設問:

均等待遇を定めた労働基準法第3条では、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱をすることは禁止されているが、性別を理由とする労働条件についての差別的取扱は禁止されていない。

  

解答:

正しいです。

上記本文の通り、労基法第3条の均等待遇は、「国籍、信条又は社会的身分」のみを理由とした差別的取扱いを禁止しており、性別を理由とする労働条件についての差別的取扱いの禁止については定めていません(「性別」を理由とする「賃金」についての差別的取扱いの禁止については次に学習します労基法第4条が定めています)。

本文は、こちら以下です。

 

本問のように、第3条が「性別」を理由とした差別的取扱いを禁止しているかどうかを問う過去問は頻出です。

 

 

・【平成19年問1E】

設問:

均等待遇を定めた労働基準法第3条では、労働者の国籍、信条、性別又は社会的身分を理由として賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱いをすることは禁止されている。

 

解答:

誤りです。

「、性別」とあるのをカットすれば、正しい内容となります。

第3条は、「性別」を理由とした労働条件の差別的取扱いの禁止については規定していません。前問と類問です。

本問のように、設問中にさりげなく「性別」等が含まれていますと、結構「見逃す」ことがありますので、本条が出題された際には常に注意して下さい。

 

 

・【平成23年問1A】

設問:

労働基準法第3条は、法の下の平等を定めた日本国憲法第14条と同じ事由で、人種、信条、性別、社会的身分又は門地を理由とした労働条件の差別的取扱を禁止している。

 

解答:

誤りです。

第3条の均等待遇は、「国籍、信条又は社会的身分」のみを理由とした差別的取扱いを禁止しており、「性別」及び「門地」は対象としていません(なお、「人種」については、「国籍」又は「社会的身分」に含めて解するのが一般ですが、反対説もあります)。

 

 

・【平成25年問5D】

設問:

労働基準法第3条は、すべての労働条件について差別待遇を禁止しているが、いかなる理由に基づくものもすべてこれを禁止しているわけではなく、同条で限定的に列挙している国籍、信条又は社会的身分を理由とする場合のみを禁じている。

  

解答:

正しいです(第3条)。

 

 

・【平成21年問1B】

設問:

労働基準法第3条が禁止する労働条件についての差別的取扱いには、雇入れにおける差別も含まれるとするのが最高裁判所の判例である。

 

解答:

誤りです。

【三菱樹脂事件=最大判昭和48.12.12】は、第3条の「労働条件」に雇入れは含まれないと解しており、同条は雇入れ後の差別的取扱いの禁止の規定だとしています。

本文は、こちらです(詳しくは、こちら以下です)。 

 

 

・【平成28年問1ウ】

設問:

労働基準法第3条は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、労働条件について差別することを禁じているが、これは雇入れ後における労働条件についての制限であって、雇入れそのものを制限する規定ではないとするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

正しいです。

【三菱樹脂事件=最大判昭和48.12.12】は、第3条の「労働条件」に雇入れは含まれないと解しており、同条は雇入れ後の差別的取扱いの禁止の規定だとしています

前掲の【平成21年問1Bこちら】と類問です。 

 

 

・【平成27年問1B】

設問:

労働基準法第3条の禁止する「差別的取扱」とは、当該労働者を不利に取り扱うことをいい、有利に取り扱うことは含まない。

  

解答:

誤りです。

「差別的取扱」という文言上は、労働者を有利に取り扱うことも含むことができます。

そして、労基法第3条は、憲法第14条第1項(法の下の平等)を受けて、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由とした労働条件についての差別的取扱いを禁止し、もって労働者を平等に取り扱おうとした趣旨です。 

すると、特定の労働者を有利に取り扱うことも、平等な取扱いでない以上(他の労働者が不利益に取り扱われます)、労基法第3条が禁止する「差別的取扱」にあたるとできます。

 

 

・【平成29年問5ア】

設問:

労働基準法第3条は、使用者は、労働者の国籍、信条、性別又は社会的身分を理由として、労働条件について差別的取扱をすることを禁じている。

 

解答:

誤りです。

「、性別」をカットすれば、正しい内容となります。

本文は、こちら以下です。

本問は、【平成14年問1A(こちら)】、【平成19年問1E(こちら)】及び【平成23年問1A(こちら)】と類問です(ただし、この【平成29年問5(こちら以下)】は、「誤っているものはいくつあるか」という個数問題であるため、各肢について正確な知識が必要になる問題でした)。 

 

 

・【平成30年問4イ】

設問:

労働基準法第3条にいう「賃金、労働時間その他の労働条件」について、解雇の意思表示そのものは労働条件とはいえないため、労働協約や就業規則等で解雇の理由が規定されていても、「労働条件」にはあたらない。

 

解答:

誤りです。

第3条(均等待遇)における「労働条件」については、「解雇に関する条件」も含まれます(【昭和23.6.16基収第1365号】/【昭和63.3.14基発第150号・婦発第47号】)。

 

ただし、説明の仕方にやや争いがあります。

この点、「解雇の意思表示」そのものは労働条件とはいえないとし、労働協約、就業規則等で解雇の基準又は理由が規定されていれば、それは労働をするにあたっての条件として第3条の労働条件となると説明されることが多いようです(厚労省コンメ令和3年版上巻81頁(平成22年版上巻77頁)。なお、菅野第12版245頁(第11版229頁)参考)。

しかし、水町「詳解労働法」第2版318頁(初版311頁)は、上記の説を厳格に解すと、解雇の基準・理由が明確な場合にのみ本条違反が成立することになりかねず妥当でないとし、解雇そのものが労働条件にあたると解すべきとします(地裁レベルでも同様の構成をとる裁判例があります)。 

 

 

・【令和3年問1B】

設問:

労働基準法第3条が禁止する「差別的取扱」をするとは、当該労働者を有利又は不利に取り扱うことをいう。

 

解答:

正しいです

「差別的取扱」とは、当該労働者を有利又は不利に取り扱うことをいい、有利に取り扱う場合も含まれるものと解されています。

詳細は、こちら以下です。

【平成27年問1B(こちら)】で類問が出題されていました。 

 

 

・【令和5年問4B】

設問:

特定の思想、信条に従って行う行動が企業の秩序維持に対し重大な影響を及ぼす場合、その秩序違反行為そのものを理由として差別的取扱いをすることは、労働基準法第3条に違反するものではない。

 

解答:

正しいです(【大日本紡績事件=最判昭和30.11.22】参考)。

本問の通り、第3条(均等待遇)は、信条自体を根拠として差別的取扱いをすることを禁止したものであり、思想、信条に従って行う行動が企業の秩序維持に対し重大な影響を及ぼす場合に、その秩序違反行為そのものを理由として差別的取扱いをすることは、同条に違反しないと解されています。

そう解しませんと、例えば、企業秩序違反行為の背景に信条的要素が色濃く含まれている場合(例:就業時間中に、企業内で政治的な内容のビラ配りをする等)には、当該行為について懲戒処分を課すことは広く第3条(均等待遇)に違反することにもなりかねず、企業の利益が侵害されすぎるおそれがあることから、信条そのものと信条に基づく外部的行動とは一応区別するものです。

詳細は、本文のこちら以下です。

 

  

以上で、均等待遇を終わります。次は、男女同一賃金の原則です。  

 

 

 

 

§2 男女同一賃金の原則(第4条)

◆使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはなりません(第4条)。

 

 

【条文】

第4条(男女同一賃金の原則)

使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性差別的取扱いをしてはならない。

 

【過去問 平成20年問1E(条文そのままの出題)】

 

 

○趣旨

 

憲法第14条第1項の「性別」に関する法の下の平等を受けて、特に著しい弊害の認められた「賃金」について男女の差別的取扱いを禁止した趣旨です(労働条件に関する性別による差別的取扱いは、特に賃金について顕著でした)。

【過去問 平成25年問5E(こちら)】

 

 

 

一 要件

◆使用者が、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをすること(第4条)。

 

(一)「賃金」についての差別的取扱いであること

1 禁止される差別的取扱い

 

本条は、「賃金についてのみ男女の差別的取扱いを禁止しています。

 

【過去問 平成24年問4B(こちら)】/【平成27年問1C(こちら)】

 

従って、採用、配置、昇進、教育訓練など、賃金以外の労働条件に関する差別的取扱いは、本条の適用対象とはなりません(ただし、男女雇用機会均等法の問題となります)。

 

※ なお、労基法上は、賃金以外の労働条件について、男女の差別的取扱いを禁止する規定はないことには注意です。

労基法では、産前産後の就業制限や危険有害業務への就業制限など、男女の取扱いが区別されている規定があるため、労働条件全般については男女差別禁止の規定を設けなかったためとされています。

 

 

○過去問:

 

・【平成24年問4B】

設問:

労働基準法第4条は、賃金についてのみ女性であることを理由とする男性との差別的取扱いを禁止したものであり、その他の労働条件についての差別的取扱いについては同条違反の問題は生じない。

  

解答:

正しいです(第4条)。

 

 

・【平成25年問5E】

設問:

労働基準法第4条は、性別による差別のうち、特に顕著な弊害が認められた賃金について罰則をもって、その差別的取扱いを禁止したものである。

 

解答:

正しいです(第4条)。

 

 

・【平成27年問1C】

設問:

労働基準法第4条は、賃金について、女性であることを理由として、男性と差別的取扱いをすることを禁止しているが、賃金以外の労働条件についてはこれを禁止していない。

 

解答:

正しいです(第4条)。

前掲の【平成24年問4B(こちら)】以下と実質的には同じ問題です。 

 

 

 

2 賃金

 

「賃金」とは、第11条の賃金のことです(第11条については、「賃金」の個所(こちら以下)で見ます)。

 

賃金の額そのものについて差別的取扱いをすることはもちろん、賃金体系、賃金形態等について差別的取扱いをすることも含みます。

そこで、例えば「男性は月給制、女性は日給制」といった定めをすることも、本条に違反します。

 

※「賃金体系」とは、賃金を決定する基準となる賃金項目の組み合わせのことで、基本給などの所定内給与と時間外手当などの所定外給与に大別されます。

「賃金形態」とは、賃金の支払形態であり、定額制(時間給、月給等)や出来高制などがあります。 

 

 

 

(二)「女性であることを理由」とする差別的取扱いであること

「女性であることを理由として」差別的取扱いをするとは、「労働者が女性であることのみを理由として、あるいは社会通念として又は当該事業場において女性労働者が一般的又は平均的に能率が悪いこと、勤続年数が短いこと、主たる生計の維持者でないこと等を理由」として差別的取扱いをすることとされます(【平成9.9.25基発第648号】/【昭和22.9.13発基第17号】参考)。

【過去問 令和元年問3ア(こちら)】

 

対して、労働者の職務能率技能等によって賃金に個人的差異のあることは、本条に規定する差別的取扱いではありません(同上通達)。「女性であることを理由として」いるわけではないからです。

 

※ なお、「理由として」についての問題は、こちらで触れましたものと同様です。

 

 

 

◯過去問: 

 

・【令和元年問3ア】

設問:

労働基準法第4条が禁止する「女性であることを理由」とした賃金についての差別には、社会通念として女性労働者が一般的に勤続年数が短いことを理由として女性労働者の賃金に差別をつけることが含まれるが、当該事業場において実際に女性労働者が平均的に勤続年数が短いことを理由として女性労働者の賃金に差別をつけることは含まれない。

 

解答:

誤りです。 

「女性であることを理由」とするとは、女性であることと賃金についての男性との差別的取扱いとの間に因果関係(関連性)があること解されますが、具体的には、女性であることを考慮して差別的取扱いを行ったのかどうかを基準に判断すべきものと解されます(こちら参考)。

 

この点、「女性労働者が一般的に勤続年数が短い」という「社会通念」を根拠として女性労働者の賃金に差別をつけることは、女性であることによって賃金差別をしている(女性でなかったなら、賃金差別はされていない)以上、第4条の「女性であることを理由」とする賃金の差別的取扱いに該当します。この点では、本問は正しいです。

 

また、「当該事業場において実際に女性労働者が平均的に勤続年数が短い」ことを根拠として女性労働者の賃金に差別をつけることも、女性であることによって賃金差別をしている(女性でなかったなら、賃金差別はされていない)ことには変わりないですから、第4条の「女性であることを理由」とする賃金の差別的取扱いに該当します。この点では、本問は誤りです。 

 

ちなみに、仮に、使用者が、①当該女性の職務遂行能力が低いことと、②当該事業場において実際に女性労働者が平均的に勤続年数が短いことの両者を理由として、当該女性の賃金の差別的取り扱いをした場合は、第4条に違反するでしょうか。

 

この点は、こちらの通り、争いがあり、決定的原因説に立つなら、上記①と②のどちらの理由が決定的かで決まることになります。

しかし、どちらの理由が決定的かが判断つきにくいケースもあり、例えば、上記①と②の両者を考慮して差別したケースは、決定的原因説では、第4条に違反しない場合が多くなると思われます。

相対的に重要な影響を与えた原因・動機により判断するということも可能ですが、例えば、①当該女性の職務遂行能力が低いという理由を相対的に重視していたとしても、②当該事業場における実際の女性労働者の勤続年数の短さも考慮して賃金の差別的取扱いがなされている場合(当該使用者が、②の理由も考慮したと当該女性に説明しているようなケースです)は、「当該労働者が女性でなければその差別的取扱いはなされなかった」といえるのですから、やはり、第4条に違反すると考えるのが妥当であると思われます。 

 

 

 

(三)「差別的取扱い」であること

「差別的取扱い」とは、女性に不利に取扱う場合のみならず、有利に取扱う場合も含みます(前掲の【平成9.9.25基発第648号】参考)。

 

【過去問 平成12年問1C(こちら)】/【平成21年問1C(こちら)】/【平成30年問4ウ(こちら)】

 

男女間の平等な取扱いではないからです(前述の均等待遇の場合の差別的取扱い(こちら)とパラレルになります)。

例えば、女性のみに結婚手当を支給するとか、早期退職に関し退職金の優遇措置を行うようなことは、本条違反となります。

 

 

〇過去問:

 

・【平成12年問1C】

設問:

支給条件が就業規則であらかじめ明確にされた退職手当について、当該就業規則において労働者が結婚のため退職する場合に女性には男性に比べ2倍の退職手当を支給することが定められているときは、その定めは労働基準法第4条に反し無効であり、行政官庁は使用者のその変更を命ずることができる。

 

解答:

正しいです。

まず、退職手当は、支給条件が就業規則等で明確化され、使用者が支払義務を負う場合は、賃金にあたると解されています(「賃金」のこちらで詳述します)。

そこで、本問の場合、「賃金」について、「女性であることを理由」として「有利に」取扱っていることとなり、第4条に違反します。

従って、第92条(=就業規則は法令に違反してはならず、行政官庁は、法令に抵触する就業規則の規定の変更を命令できる。こちら)に該当するため、本問は正しいです。

以上の通り、本問は、3つの論点を含んでいます。

 

 

・【平成21年問1C】

設問:

労働基準法第4条が禁止する女性であることを理由とする賃金についての差別的取扱いには、女性を男性より有利に取扱う場合は含まれない。

 

解答:

誤りです。

「差別的取扱い」とは、女性に不利に取扱う場合のみならず、有利に取扱う場合も含みます。本文は、こちらです。

 

 

・【平成30年問4ウ】

労働基準法第4条の禁止する賃金についての差別的取扱いとは、女性労働者の賃金を男性労働者と比較して不利に取り扱う場合だけでなく、有利に取り扱う場合も含まれる。

 

解答:

正しいです。

本文は、こちらです。前掲の【平成21年問1C(こちら)】等と類問です。

 

 

以上で、要件について終わります。次に、効果です。  

 

 

 

二 効果

(一)基本的効果

◆使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはなりません(第4条)。

 

 

(二)公法上の効果

本条違反についても、罰則が適用されます(第119条第1号)。

3番目に重いグループこちら以下)であり(第3条の均等待遇と同じです)、6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金です。

 

なお、本条の場合も、均等待遇の場合と同様に、現実に差別的取扱いをした場合本条違反が成立し、就業規則等に差別待遇を定めただけでは本条違反とはなりません

ただし、当該就業規則等の規定は、強行規定(=本条)違反として無効となります。  

【過去問 令和4年問4C(こちら)】

 

 

◯過去問:

 

・【令和4年問4C】

設問:

就業規則に労働者が女性であることを理由として、賃金について男性と差別的取扱いをする趣旨の規定がある場合、現実には男女差別待遇の事実ないとしても、当該規定は無効であり、かつ労働基準法第4条違反となる。

 

解答:

誤りです。

本問の場合、労働基準法第4条違反とはなりません(【昭和23.1225基収4281号】、【平成9.9.25基発第648号】)。

即ち、就業規則に賃金について男性と差別的取扱いをする趣旨の規定がある場合は、現実には男女差別待遇の事実ないとしても、当該規定は無効となりますが(第13条こちら)、当該差別待遇を定めただけでは第4条違反とはならないと解されています。

第4条の文言上は、「差別的取扱いをし」たことが要件となっているものと解されます。

 

 

 

(三)私法上の効果

本条に違反する法律行為(懲戒処分等)は、無効となりますし第13条こちら)、本条違反が事実行為によりなされたときは、不法行為に基づく損害賠償責任が生じます。

 

 

以上で、男女同一賃金の原則を終わります。

 

続いて、次ページにおいて、「不当な人身拘束の禁止」を見ます。