【令和6年度版】
第4項 不当労働行為
§1 趣旨
一 意義
不当労働行為とは、使用者が労働組合又は労働者に対して行う不公正ないし不当な行為といえます。換言しますと、労働基本権を侵害する使用者の行為です。
労組法は、不当労働行為を禁止し(第7条)、この禁止の違反について、裁判所による司法的救済とは別に、労働委員会による行政的救済を定めています(第20条、第27条以下)。
不当労働行為には、大別して、次の図の通り、「不利益取扱い」(第7条第1号、第4号)、「団体交渉拒否」(第2号)及び「支配介入」(第3号)の3つの類型があります。
【条文】
第7条(不当労働行為) 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること〔=不利益取扱い〕又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること〔=黄犬契約〕。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。
二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第27条の12第1項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法(昭和21年法律第25号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。 |
二 趣旨
不当労働行為の制度は、労働者の労働基本権(憲法第28条により保障される団結権、団体交渉権及び団体行動権)を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止し、この禁止の違反について、労働委員会による救済・是正を図り、正常な労使関係を迅速に回復・確保することを目的とするものです。
即ち、第7条各号で規定されている不当労働行為の内容を見ますと、不当労働行為の制度は、憲法第28条の労働基本権の保障を損なう行為を禁止していると見るのが自然であり、労働基本権の保障を実効化する趣旨であると解されます。
他方で、禁止の違反については、独立行政委員会である労働委員会による救済が定められているところ、発しうる救済命令の内容について特段の規定はないことから、いかなる救済を行うかについて労働委員会の裁量が重視されているものと解され、将来に向けた円滑な労使関係の形成を図るといった配慮をすることも予定されていると考えられるのです。
不当労働行為がなされた場合は、労働者又は労働組合は、裁判所による司法的救済を求めることもできます(例えば、損害賠償請求など)。
ただ、司法的救済の場合は、時間や費用がかかること、また、司法的救済は、法に基づき権利義務関係を確定することを主な目的としますが、継続的な労使関係を取り扱う不当労働行為事件については、将来に向けて円滑な労使関係を迅速に回復・確保することも重要であり、司法的救済では不十分なことがあります(裁判沙汰となることで、労使間の不仲がより深刻化すること等があります)。
そこで、労働委員会という労使関係に関する専門的知識経験を有する独立行政機関により、不当労働行為に関する紛争を迅速かつ適切に解決しようとするのが不当労働行為制度です。
※ 不当労働行為の制度の趣旨に関する争いについて:
不当労働行為の制度の趣旨・目的については、憲法第28条との関係をどのように解するか等に関して争いがあります。
「総則」の「労働3権の関係について」(こちら)ですでに簡単に触れていますが、ここでは不当労働行為の制度に即して詳しく見ます。
①団結権中心説
不当労働行為制度は、憲法第28条の団結権等の保障を具体化した制度であると解するもの。
②団交権中心説(立法政策説、創設的制度説)
不当労働行為制度は、円滑な団体交渉の実現のため、労組法が政策的に創設した制度であるとするもの。
③団結権保障秩序維持説(中間説)
不当労働行為制度は、憲法第28条の団結権等の保障を具体化した制度と見つつ、その単なる具体化ではなく、公正な労使関係秩序の形成を図るものと考えるもの。
この点、①(団結権中心説)からは、不当労働行為の制度を憲法第28条を直接的に具体化したものととらえやすいです(憲法第28条が、労組法の不当労働行為のような制度を予定しているものと見ます)。
この立場からは、不当労働行為の制度により保護されるのは、労働組合法が定める労働組合の要件をすべて満たしている団体(法適合組合)だけでなく、その要件を一部満たさないものであっても、憲法第28条による労働基本権の保障を受けるに値する団体なら足りるということになりやすいです。
また、不当労働行為の禁止を定める第7条は、労働委員会による行政的救済のための要件のみを定めたものではなく、同条を直接の根拠として、裁判所に対して司法的救済も受けられるものとされ、かつ、不当労働行為の禁止(第7条)に違反する行為は、私法上も当然に無効となるという立場(同条が、直接、私法上の効力を有するとする立場)がとられやすいです。
他方、②(団交権中心説)では、不当労働行為は、憲法第28条の趣旨を受けて、団体交渉の円滑な実現を目的として労組法が政策的に創設した制度であると見ます。
この立場からは、不当労働行為の制度により保護されるのは、法適合組合に限られます。
また、不当労働行為の禁止を定める第7条は、行政的救済のための要件を定めたものに過ぎず、同条を直接の根拠としては司法的救済は受けられず(即ち、同条は、私法上の権利義務を設定したものではなく、労働委員会による行政的救済の根拠となる規定であると考えます。そこで、同条に関する判断についても、私法的な権利義務の有無という観点ではなく、労働委員会における労使関係の安定等を考慮した裁量が重視されやすいです)、第7条に違反する行為も、私法上、当然に無効となるわけではないという立場がとられやすいです(別途、民法第90条の公序違反等の規定を根拠とする必要があります)。
④判例
判例は、「不当労働行為禁止の規定は、憲法28条に由来し、労働者の団結権・団体行動権を保障するための規定であるから、右法条の趣旨からいって、これに違反する法律行為は、旧法・現行法を通じて当然に無効と解すべき」であると判示しています(後掲の【医療法人新光会事件=最判昭和43.4.9】)。
即ち、第7条(第1号の不利益取扱い禁止)に基づき、直接、司法的救済を求めることができることを前提として、第7条(第1号)の不当労働行為禁止の規定に違反する法律行為は無効としており、第7条(第1号)が、私法上の強行規定であると解する立場です。
なお、この判決は、直接的には、第7条第1号の不利益取扱いの事案ですが、その判旨からは、第7条の各号についても、私法上の強行規定であると考えているふしもあります(明確ではありません)。
ちなみに、第7条第2号の団体交渉拒否の不当労働行為については、【国鉄事件=最判平成3.4.23】は、同号に基づき、団体交渉を求める法的地位の確認を請求することを認めた原審(【東京高判昭和62.1.27】)の判断を是認しており(団体交渉の効果のこちら以下で詳しく見ました)、 この最高裁判決も、第7条第2号に基づき、(限定的ではありますが)直接、司法的救済を受けられるとする立場をとっていることとなります。
なお、第7条第3号の支配介入の不当労働行為については、近時の下級審判例で、組合書記長に対する転勤命令を、支配介入に当たるとして私法上無効と判断したものがあります(【東京測器研究所事件=東京地判平成26.2.28】)。
一方、後掲の【第二鳩タクシー事件=最大判昭和52.2.23】では、不当労働行為制度について、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とすること、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ること等を挙げています。
以上から、判例は、強いて言えば、前掲の③の団結権保障秩序維持説(中間説)に近いといえます。
※ 不当労働行為について定めた第7条について、これに基づき直接裁判所による司法的救済を受けられると考えるのか、そして、同条(少なくとも同条の第1号)に違反した法律行為が当然に無効となると考えるのか(つまり、第7条に直接の私法上の効力を認めるのか)といった点は、確かに同条の性格に関する大きな対立点です。
第7条に直接的な私法上の効力を認めない立場(前記②「団交権中心説・立法政策説」(や③)では、この立場をとりやすいです)は、私法的救済(民事訴訟)において裁判所が適用する規範(ルール)と、行政的救済において労働委員会が適用する規範(ルール)を明確に区別して、後者の行政的救済の独自性・柔軟性を高めるという考え方を背景としているといえます。
つまり、裁判所による判断方法(法を適用して当該事案を解決します)と労働委員会による判断方法(一定の限度で、法の適用による処理とは離れた解決を可能とする必要があります。例えば、不当労働行為による解雇の場合には、復職命令を発せられますし、将来に向けて労使が円満な関係を形成できるために必要で相当な命令を発せられるとする必要性があります)は異なるものであり、これを重視するなら、裁判所と労働委員会が利用する規範も分離した方がよいということになります。
ただ、第7条の私法上の効力を否定する立場からも、憲法第28条の団結権等の保障が公序を形成するものとして、第7条に該当する不当労働行為は、民法第90条等に違反し無効となる、あるいは違法性を有し不法行為を構成するとしていますので、このような問題については、実際上は、各説の間には大きな違いは生じないこととなります(ちなみに、②説(団交権中心説)の立場からも、第7条のうち、第1号(不利益取扱い)については、私法上の効力を認め、同号違反の法律行為は無効となる等と解する立場(菅野説)もあります。沿革等に基づいた深い考察なのですが、ただ、第1号(不利益取扱い)について私法上の効力を認め、第3号(支配介入)については認めないというのが現行法上は不自然といえないかは問題です)。
なお、②の「団交権中心説・立法政策説」の通り、不当労働行為の制度は、労組法が政策的に創設した制度であると解されます(この点は、③の「団結権保障秩序維持説」(中間説)も同じ立場といえます)。
不当労働行為の制度が、憲法第28条の労働基本権を実質的に保障する趣旨であるとはいっても、憲法第28条が不当労働行為に対する行政機関による特別の救済制度の設置まで具体的に規定しているわけではないからです。
また、不当労働行為の制度(第7条)により保護されるのは、基本的には、労働組合法が定める労働組合の要件をすべて満たしている団体(法適合組合)だけとなります(なぜなら、第5条第1項が、「労働組合は、労働委員会に証拠を提出して第2条及び〔第5条〕第2項の規定に適合することを立証しなければ、この法律に規定する手続に参与する資格を有せず、且つ、この法律に規定する救済を与えられない」と規定しているため、法適合組合でなければ、不当労働行為の救済の申立ての「手続」(第27条以下)に参与する資格はなく、かつ、不当労働行為に関する労働委員会による「救済」を与えられないからです)。
ただし、上記の通り、①の団結権中心説からは、法適合組合に限定されず、憲法第28条による労働基本権の保障を受けるに値する団体なら足りるということになりやすいです。
また、第7条第2号の団体交渉拒否の不当労働行為について、同号の適用される対象(文言上は、「雇用する労働者の代表者」)を法適合組合に限定する必要はなく、憲法第28条による保護を受ける団体なら含まれるとする趣旨の下級審もあります(【セメダイン事件=東京高判平成12.2.29】結果同旨。のちにこちらで見ます。ただし、この立場からも、労働委員会による救済を受けることはできません)。
以上のように、①~③の各説は、実際上の結論の違いはそう大きくはないとはいえども、やはり、細部には見逃せない違いが生じます。
もっとも、①~③は、モデル的なものであり、これら各説の間でも具体的問題の処理は異なってくることがあります。
試験対策上は、①~③の対立にとらわれるよりも、判例がどのような根拠からどのような結論を導いているかを理解する方が重要です(最高裁の判示内容が出題されるからです。ただし、不当労働行為に関する判例は、その理論的根拠がよくわからないものが少なくありませんが)。
その際に、①~③の考え方との親和性を考慮すれば足りるのでしょう。
・なお、水町「詳解労働法」第3版1224頁以下(第2版1180頁以下、初版1142頁)の要旨は、次の通りです。
①団結権中心説(水町教授は、団結権侵害説と表現します)と②団交権中心説(立法政策説とします)の大きな違いは、不当労働行為を規定した第7条が裁判所による救済(司法救済)の根拠となるか、労働委員会(行政救済)はどのような観点から判断をすべき(することができる)か、という点にあるとします。
①団結権中心説によると、第7条は憲法第28条の権利保障の一環として司法救済の根拠となり、同条は裁判規範として権利義務の有無という観点から解釈・判断されることになるとし、その帰結として、労働委員会も不当労働行為の成否の判断(第7条の解釈)に当たり、司法規範(判例法理)の枠内で判断すること(権利義務的判断)が求められることとなります。
これに対し、②団交権中心説によると、第7条は労使関係の専門家から構成される労働委員会が行政救済を行うための判断基準に過ぎない(同条は司法救済の根拠規定とはならない)ものと解され、労働委員会は同条を根拠に個々の労使関係の特質に照らして不当労働行為の成否及び救済を柔軟に判断すること(労使関係的判断)ができるものとさされます。
この2つの中間的な学説が③団結権保障秩序維持説(水町教授は、公正労使関係秩序説とします)であり、この見解は、第7条は憲法第28条の団結権保障を基礎として司法救済の根拠規定となることを肯定しつつ、公正な労使関係秩序の確保という制度目的から労働委員会にも柔軟な解釈・判断を行うことを認める、折衷的な解釈と位置づけることができるとします。
判例は、第7条は、「労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これらの権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止した」ものであるとし(後掲の【第二鳩タクシー事件=最大判昭和52.2.23】等)、第7条の各号に私法的効力(司法規範性)を肯定する立場をとる(後掲の【医療法人新光会事件=最判昭和43.4.9】等)など、基本的には①団結権中心説に立脚しているものと解されるとします。
なお、判例は、労働委員会の救済命令制度について、第7条の「実効性を担保するために設けられたもの」であり、「正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図る」ために、専門的知識経験を有する労働委員会に、個々の事案に応じた適切な救済を命じる裁量が認められているとも判示していることから、労働委員会の救済命令における裁量権(①団結権中心説に立つとしても制度上認められうるものであり、いわゆる効果裁量)について判示するにあたって、③団結権保障秩序維持説の影響を受けた説示をしたものと理解することができるとします。
そして、水町説の私見として、多様で動態的な人間関係としての労使関係の特殊性、労使関係の専門家(労働委員会)により特別の審査・救済が行われることを定めた労組法の趣旨、不当労働行為の成立要件を定めた法律規定の文言の抽象性(正当な行為(第7条第1号)、正当な理由(同条第2号)、支配、介入(同条第3号))など不確定概念(規範的要件)の使用)からすると、専門的行政委員会である労働委員会による実態に即した柔軟な審査と救済を可能とする(効果裁量のみならず要件裁量も認める)②団交権中心説(立法政策説)が妥当とします。
以下、不当労働行為制度の趣旨等に関する重要な判例を2つ掲載しておきます。
・【医療法人新光会事件=最判昭和43.4.9】
「不当労働行為たる解雇については、旧労働組合法(昭和20年12月22日法律第51号)においては、その11条によりこれを禁止し、33条に右法条に違反した使用者に対する罰則を規定していたが、現行労働組合法(昭和24年6月1日法律第174号)においては、その7条1号によりこれを禁止し、禁止に違反しても直ちに処罰することなく、使用者に対する労働委員会の原状回復命令が裁判所の確定判決によつて支持されてもなお使用者が右命令に従わない場合に初めて処罰の対象にしている(同法28条)。しかし、不当労働行為禁止の規定は、憲法28条に由来し、労働者の団結権・団体行動権を保障するための規定であるから、右法条の趣旨からいつて、これに違反する法律行為は、旧法・現行法を通じて当然に無効と解すべきであつて、現行法においては、該行為が直ちに処罰の対象とされず、労働委員会による救済命令の制度があるからといつて、旧法と異なる解釈をするのは相当ではない。従つて、本件解雇を無効と解した原判決の判断は相当であつて、法律の解釈については必ずしも理由を示す必要はないから、原判決に所論の違法は認められない」
(参考)
上記判例が言及する旧労働組合法(以下、「旧労組法」といいます)は、終戦直後の昭和20年12月に制定されました。
この旧労組法においては、不当労働行為制度の前身となる制度(不利益取扱いの禁止というタイトルでした)が規定されていましたが、現行労組法の「不利益取扱い」(第7条第1号)及び「黄犬契約」(同条同号)のみが規定され、かつ、その違反に刑事罰が科されました。
その後、昭和24年に現在の労組法が制定され、新たに、「団体交渉拒否」(第2号)及び「支配介入」(第3号)が追加されるとともに、刑事罰の制度が廃止され、労働委員会による行政的救済の制度に改められました(なお、確定判決により支持された労働委員会の救済命令に違反しますと、罰則が適用されます(第28条))。(「報復的不利益取扱い」(第4号)は、昭和27年の改正時に追加されました。)
旧労組法においては、不利益取扱いの禁止規定に違反する法律行為は無効と解釈されていました。
前記の【医療法人新光会事件=最判昭和43.4.9】が「旧法と異なる解釈をするのは相当ではない」と判示しているのは、現行法においても、このような旧法の解釈と同様でよいという意味です(そして、その実質的根拠は、「不当労働行為禁止の規定は、憲法28条に由来し、労働者の団結権・団体行動権を保障するための規定である」ということであり、労働基本権の保障を実効化する趣旨であると捉えるべきということになります)。
・【第二鳩タクシー事件=最大判昭和52.2.23】
(事案)
不当労働行為により解雇された労働者(タクシー運転手)がその解雇期間中に他の職に就いて収入を得た場合、右収入の額を控除しないで賃金相当額の遡及支払い(バツクペイ)を命ずることが適法か争われた事案。
※ 非常に重要な判決ですが、下記の二の部分は、のちに詳述しますので、ここではスルーして下さい。
(判旨)
「 一 思うに、法27条に定める労働委員会の救済命令制度は、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これらの権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止した法7条の規定の実効性を担保するために設けられたものであるところ、法が、右禁止規定の実効性を担保するために、使用者の右規定違反行為に対して労働委員会という行政機関による救済命令の方法を採用したのは、使用者による組合活動侵害行為によつて生じた状態を右命令によつて直接是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るとともに、使用者の多様な不当労働行為に対してあらかじめその是正措置の内容を具体的に特定しておくことが困難かつ不適当であるため、労使関係について専門的知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限をゆだねる趣旨に出たものと解される。このような労働委員会の裁量権はおのずから広きにわたることとなるが、もとより無制限であるわけではなく、右の趣旨、目的に由来する一定の限界が存するのであつて、この救済命令は、不当労働行為による被害の救済としての性質をもつものでなければならず、このことから導かれる一定の限界を超えることはできないものといわなければならない。
しかし、法が、右のように、労働委員会に広い裁量権を与えた趣旨に徴すると、訴訟において労働委員会の救済命令の内容の適法性が争われる場合においても、裁判所は、労働委員会の右裁量権を尊重し、その行使が右の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であつて濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではないのである。
〔※ 以下は、のちに見ます。〕
二 右の見地に立つて法7条1号に違反する労働者の解雇に対する救済命令の内容について考えてみると、法が正当な組合活動をした故をもつてする解雇を特に不当労働行為として禁止しているのは、右解雇が、一面において、当該労働者個人の雇用関係上の権利ないしは利益を侵害するものであり、他面において、使用者が右の労働者を事業所から排除することにより、労働者らによる組合活動一般を抑圧ないしは制約する故なのであるから、その救済命令の内容は、被解雇者に対する侵害に基づく個人的被害を救済するという観点からだけではなく、あわせて、組合活動一般に対する侵害の面をも考慮し、このような侵害状態を除去、是正して法の所期する正常な集団的労使関係秩序を回復、確保するという観点からも、具体的に、決定されなければならないのである。不当労働行為としての解雇に対する救済命令においては、通例、被解雇者の原職復帰とバツクペイが命ぜられるのであるが、このような命令は、上述の観点からする必要な措置として労働委員会が適法に発しうるところといわなければならない。」
※ 労働委員会の裁量について:
上記の通り、不当労働行為の救済については、労働委員会の裁量権が尊重されます。
これは、「使用者の多様な不当労働行為に対してあらかじめその是正措置の内容を具体的に特定しておくことが困難かつ不適当であるため、労使関係について専門的知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限をゆだねる趣旨に出たもの」とされます(前掲の【第二鳩タクシー事件=最大判昭和52.2.23】)。
しかし、この労働委員会の裁量権とは、いかなる内容の救済を行うか(救済命令の内容)について裁量が認められているということであって(不当労働行為のいわば効果の問題であり、効果裁量です)、使用者のいかなる行為が不当労働行為に該当するかという不当労働行為の要件(不当労働行為の成否)の問題については、その裁量(要件裁量)は認められていない(即ち、事実認定をして、第7条が定める不当労働行為の要件の該当性を判断する点については、裁判所は積極的に審査できます)と解されています(【寿建築研究所事件=最判昭和53.11.24】)。
なぜなら、不当労働行為の禁止の規定は、使用者等の利益に重大な影響を与える行政処分(救済命令)の要件を定めるものですから、裁判所による積極的審査を認める必要がありますし、また、要件の該当性は、第7条その他の法に従って、労使関係に関する専門的機関でない裁判所であっても判断が可能なものだからです(私見)。
そこで、行政事件訴訟法第30条は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」と規定していますが、同条は、労働委員会の不当労働行為の要件裁量については、適用されないこととなります。
この点、【寿建築研究所事件=最判昭和53.11.24】は、
「7条2号所定の不当労働行為に該当しないにもかかわらずこれを該当するとして救済を命じた」労働委員会の救済命令は違法となるとされ、「労働委員会はその裁量により使用者の行為が法7条に違反するかどうかを判断して救済命令を発することができると解すべきものではなく」、所論引用の判例〔=労働委員会に広範な裁量権を認める前掲の【第二鳩タクシー事件=最大判昭和52.2.23】〕は、「使用者に法7条違反の行為があると認められる場合にいかなる内容の是正措置を命ずるかについて労働委員会の広汎な裁量権を認め、是正措置の内容の適否について裁判所の審査に限界があることを判示したもの」とします。
※ 各類型の相互関係について:
なお、不利益取扱い(第7条第1号、第4号)、団体交渉拒否(第2号)及び支配介入(第3号)の3つの類型の相互の関係については、支配介入(第3号)が原則的規定ないし包括的規定であり、他はその特則であるといわれることもありましたが、現在では、それらは対等のものと解されています(並列説)。
なぜなら、第7条の条文上、各号のいずれかを原則として規定しているわけではないからです。
並列説からは、例えば、組合委員長の解雇は、不利益取扱い(第1号)と支配介入(第3号)の両者に該当し得ることとなり、いずれか又はいずれも主張することができます。
§2 不当労働行為の制度の体系
不当労働行為の制度の体系についても、要件(成立要件)と効果に分けます。
効果(広義)としては、労働委員会による行政的救済と裁判所による司法的救済があります。
次の図の通りです。
ちなみに、上記の「効果」のうち、〔1〕の労働委員会による行政的救済の手続についての体系は、次の図の通りです(ただ、試験対策上は、ほぼ不要でしょう)。
最初の図(こちら)のうち、要件については、「主体」(使用者、労働組合又は労働者)、「客体」(不当労働行為の類型ごとに見ます)及び「不当労働行為の意思」が問題となります。
このうち、主体の「使用者」については、すでにこちら以下で詳細に見ていますので、ここでは省略します。
主体の「労働組合又は労働者」については、次のページ以下で不当労働行為の類型(客体)ごとに見ます。
ここでは、要件のうち、「不当労働行為の意思」について見ておきます。
§3 共通の要件
不当労働行為について共通する要件のうち、不当労働行為の意思について見ておきます。
不当労働行為の意思
一 不当労働行為の意思の要否
(一)問題
第7条の不当労働行為のうち、第1号では、組合員であること等又は労働組合の正当な行為をしたことの「故をもって」不利益な取扱いをすることが禁止され、また、第4号では、労働委員会に対し使用者が第7条に違反した旨の申立てをしたこと等を「理由として」不利益な取扱いをすることが禁止されています。
これらの「故をもって」・「理由として」は、組合員であること等と不利益取扱いとの間に因果関係があることを必要としたものと解されますが、さらに、使用者に、不当労働行為の意思(反組合的意図ないし動機)があることも必要かは問題です。
(二)不要説
この点、判断の明確性という点では、意思という認定が困難な事情は排除して、組合員であること等と不利益取扱い等との間に単に(客観的な)因果関係があれば足りるとなります。
ただ、そうしますと、(次の「理由の競合」の問題が関係してきますが)例えば、欠勤が多いことを理由に使用者が懲戒処分に付したところ、当該者は組合員だったようなケースにおいても、広く不当労働行為が成立し得ることとなりかねません。
これでは、不当労働行為の成立範囲が拡大し過ぎるおそれがあります。
(三)必要説
そこで、不当労働行為が成立するためには、使用者は、組合員であること等の事実(不利益取扱い等の禁止事由)を認識し、当該事実を理由として(組合員であること等であるがゆえに)不利益取扱い等をしようと意欲し実現したことが必要であると解されます(必要説)。
ただし、使用者の内心の意思を労働者側が立証するのは実際上困難ですから、その意思は、客観的事実、間接事実から推認される意思で足りると解されます。
そして、不要説も、使用者の内心の意思を考慮してはならないと主張しているのではなく、例えば、使用者に反組合的意思が認められれば、それを考慮して不当労働行為の成否を判断することは可能とする立場です(菅野「労働法」第13版1143頁(第12版1020頁、第11版968頁))、水町「詳解労働法」第3版1245頁注70(第2版1201頁注69、初版1162頁注67))。
以上のように、実際上は、必要説と不要説は違いが少ないこととなり、判例についても、不当労働行為の意思の必要説を採用しているのかどうかを判断することが難しい場合が多いです。
※ ただし、判例では、支配介入の不当労働行為(第7条第3号)の事案ですが、不当労働行為の意思の不要説に立つようなものもあります。
・【山岡内燃機事件=最判昭29.5.28】
(事案)
社長が従業員とその父兄の集会で、工場労組が企業連に加入したことを非難し、脱退しなければ人員整理もあり得ると述べた点が支配介入の不当労働行為に該当するか争われた事案。
(判旨)
「問題の演説中に上告人会社のD工場労働組合が連合会に加入したことを非難する趣旨及び右加入により同組合員が従前享有していた利益を失うべきことを暗示する趣旨を含む発言があり、これが原因となって、同合は連合会から脱退するに至ったというのであつて、原判示のような状況の下で客観的に組合活動に対する非難と組合活動を理由とする不利益取扱の暗示とを含むものと認められる発言により、組合の運営に対し影響を及ぼした事実がある以上、たとえ、発言者にこの点につき主観的認識乃至目的がなかったとしても、なお労働組合法7条3号にいう組合の運営に対する介入があつたものと解するのが相当である。」
この判決を単純に読めば、少なくとも支配介入(第3号)においては、不当労働行為の意思は不要としたものともいえます。
学説でも、支配介入(第3号)では、不利益取扱い(第1号、第4号)と異なり、「故をもって」・「理由として」といった文言がないことから、不当労働行為の意思は不要とする立場があります。
他方、不当労働行為の意思の必要説からは、使用者の不当労働行為の意思は、明確に立証される必要はなく、使用者の客観化された行為から推定されれば足りるのであり、本判決も、そのような趣旨と理解する立場もあります(コンメ466頁)。〔ただ、本判決の読み方としては、かなり苦しそうですが。〕
支配介入において、不当労働行為の意思が必要であるとする説では、「たとえば組合結成が秘密裡に進められているのを使用者が真に知らずにその中心人物を転勤させたような事例を想定した場合には、使用者の認識の欠如の故に支配介入を否定すべきものと考えられる」(菅野「労働法」第13版1153頁(第12版1030頁、第11版977頁)参考)といった点が考慮されています(次の理由の競合の問題も関係してきますが)。
荒木「労働法」第5版776頁(第4版749頁)も、「例えば組合結成活動の中心人物に業務上の必要から配転を命じた場合や、企業施設の組合活動への利用の拒否等が支配介入に該当するかという問題においては、使用者の意思決定(組合結成活動の中心人物であることや組合活動への施設利用であることの認識と意思決定の関連)を評価して支配介入の成否を判断することとなる。その意味では、なお、使用者の意思を問題とせざるを得ないといえよう。」とされます。
確かに、以上のようなケースからは、支配介入の意思をまったく不要とするのは不都合ともいえます。
不当労働行為の意思の必要説から上記の判例を読む場合は、当該判示は、「発言者にこの点につき主観的認識乃至目的がなかったとしても」としているところ、「この点につき」とは、「組合の運営に対し影響を及ぼした事実」を指しているのでしょうから、「組合の運営に対し影響を及ぼした事実」の認識はなくても、「客観的に組合活動に対する非難と組合活動を理由とする不利益取扱の暗示とを含むものと認められる発言」をする意思さえあれば支配介入が成立しうると読むことができるかもしれません。
即ち、結果の発生を認識し、それを意欲することは不要ですが、広い意味での反組合的意思は必要であると読めるでしょうか。
百選第9版№103は、支配介入において、意思を必要とするか、必要だとしてもその内容をいかに定式化するかについて、現在でも、学説上も裁判上も結論を見ていないとしています。
なお、プレップ労働法第6版(森戸教授)295頁では、支配介入については、不利益取扱いの場合と異なり、法文上、不当労働行為の意思がその成立要件とされていず、支配介入の意図が不要のようにもみえるとしつつ、よく考えてみると、「支配」及び「介入」という概念自体が一定の主観的意図の存在を前提に成立しているのであり、結論的には、不当労働行為の意思の存在が要求されているのと同じこととなる旨が述べられています。
ちなみに、第7条第1号本文後段の「黄犬契約の禁止」については、①「労働者が労働組合に加入せず、又は労働組合から脱退すること」を②「雇用条件とすること」をしてはならないであり、①と②に該当すれば直ちに不利益取扱い禁止が成立するのであり、①と②の間の因果関係ないし使用者の主観は問題とならないとされます(「講座労働法の再生」第5巻241頁(野田教授))。
➀と②に該当すれば、使用者の不当労働行為の意思は当然推定できるということになるでしょう。
水町「詳解労働法」第3版1253頁(第2版1209頁、初版1170頁)は、第7条第3号の支配介入における意思について、結論として、「使用者が組合弱体化を企図して(支配介入をしようとする意欲・目的をもって)当該行為を行ったという積極的な動機(「故をもつて」にあたるような動機)までは要件とされていないが、広い意味での反組合的な認識(当該組合への非難・嫌悪の感情等)をもって当該行為が行われたことは支配介入の要件として必要であると解釈すべきであろう。上記判例(山岡内燃機事件判決)の説示も、同様の趣旨のものと理解される。」とされます。
理由として(要旨)、第7条第3号は、その文言上、「故をもつて」など不当労働行為の具体的な意思(動機)を要件とする表現を用いていないが、しかし、
①「支配」や「介入」という概念は、それ自体に行為者の関与・干渉の意思を示す主観的な認識を含んだものであるということもできること、②使用者の認識とは全く無関係に行為の結果のみから不当労働行為性を肯定することになると、使用者の行為を過剰に制限することにもなってしまうこと(例えば、使用者が組合結成の動きを全く認識していないなかで通常の人事異動の一環としてその主導者を配転し組合結成が困難になった場合にも、その行為の結果から支配介入が成立することとなってしまうこと)を挙げられます。
山川編「不当労働行為法」202頁以下では、支配介入における不当労働行為の意思の要否について場合分けをしており、①「行為そのものに反組合的な性質が含まれるもの」の場合(例:労働組合からの脱退勧奨、組合役員選挙への介入、組合加入に対する非難等)は、その行為が事実として認定できれば、主観的意思を別途検討するまでもなく支配介入が成立すると判断でき、他方、②「行為そのものには反組合的な性質を含まないもの」の場合(例:配転、懲戒処分、解雇その他労働条件の変更等)は、不当労働行為の意思(支配介入の意思)が必要である、と大まかには整理できるとします。
二 理由の競合
次に、例えば、欠勤が多い組合員について、使用者が反組合的意思(不当労働行為の意思)をもって懲戒処分に付した場合は、不利益取扱いの禁止事由(「組合員であること等」)だけでなく、不利益取扱いの正当化事由(欠勤過多という「懲戒事由」)も存在しますから、不当労働行為には該当しないのではないかが問題となります。
つまり、不利益取扱い等がなされた理由・動機がいくつかある場合に、行われた不利益取扱い等が不当労働行為に該当するかどうかをどのように判断するのかが問題です(「理由の競合」ないし「動機の競合」の問題といわれます)。
この点、いずれの事由が決定的(優越的)な原因・動機であったかにより決定する考え方があります(決定的原因説)。(裁判例や労働委員会命令でも、こちらの立場の方が多いかもしれません。)
ただ、「組合員であること等」の考慮が決定的ではなかった場合であっても、「組合員であること等」を認識して、それゆえに不利益取扱い等をしたのなら、やはり、「組合員であること等」と不利益取扱い等に因果関係が認められる以上、当該組合員(労働者)を保護する必要があるといえます。
条文上も、決定的な原因・動機が常に必要であるとまで読み込めるわけではありません(菅野「労働法」第13版1143頁注46(第12版1020頁注43)参考)。
また、決定的原因説では、いずれの事由の影響度も同程度のような場合を処理しにくいです(例えば、組合員であることと素行不良であることの両者を同程度に考慮して解雇した場合、組合員であることの考慮が解雇に至る決定的な原因とはなっていませんから、不当労働行為は成立しないこととなりますが、解雇理由として50%も組合員であることを考慮している以上、組合員の保護に欠けるといえます)。
そこで、組合員であること等の事由がなければ(組合員であること等の認識・考慮がなければ)、当該不利益取扱いは行われなかったという関係が認められれば、不当労働行為は成立しうると考えます(相当因果関係説)。(菅野「労働法」第13版1144頁(第12版1021頁)、水町「詳解労働法」第3版1246頁(第2版12202頁)、荒木「労働法」第5版772頁(第4版745頁)、川口「労働法」初版879頁等。ただし、相当因果関係説の具体的内容については、論者により微妙に異なるようです。)
逆に、組合員であること等の事由がなくても、当該不利益取扱いが行われたと認められる場合は、(基本的には)因果関係が否定されるため、不当労働行為には該当しないものと解されます(ただし、当該不利益取扱いが、その他の理由によって適法性が否定されることはあります)。
・ここで、荒木教授の考え方に基づいて相当因果関係説を検討してみます(同「労働法」第5版772頁以下(第4版745頁以下、初版580頁以下)参考)。
(ⅰ)決定的動機説(当サイトでは、決定的原因説としていますが、同内容です)が、(a)不利益取扱い禁止事由(例えば懲戒において、組合員であることを考慮)と(b)別の不利益取扱い正当化事由(例えば客観的に懲戒事由が存すること)のいずれかがより優越的であったかという判断枠組みを採用する立場であるとした場合、例えば、「a>bではあるが、b単独でも処分は行った」というときは、不当労働行為が成立することとなるとされます。
しかし、これは妥当でないとされます。なぜなら、当該処分はaがなくてもなされていたのだから、aの認識と不利益取扱いという結果との間に因果関係がない。にもかかわらず不当労働行為の成立を認めることとなるからであるとされます。
これについて、従来は、当サイトも同様に考えていました。
確かに、b単独(例:事業所の備品の多くを窃盗した)でも懲戒処分が行われる場合である以上、a(例:組合員であること)の認識と不利益取扱い等との因果関係・関連性は一般的にはないといえ、基本的には、相当因果関係は否定されそうです。
ただ、この考え方によりますと、例えば、使用者が当該組合の役員を失脚させようと日頃からその身辺を調査していたところ、会社の金品の使い込みが発覚したため懲戒解雇したようなケースについては、
使い込みだけで懲戒解雇がなされた(例えば、従来の慣行からすれば、そのような使い込みがなされれば懲戒解雇された)といえる場合は、不当労働行為には該当しないこととなります。
しかし、この例の場合、使用者は、当該役員の排除を目的として、ことさらその身辺を調査していたという事情があります。
このような役員排除の目的、身辺調査といった事情を加味するなら、不利益取扱い事由(組合員であること)の認識がなければ(役員排除の目的のための身辺調査もなく)当該不利益取扱い(解雇)はなされなかったものとして、相当因果関係を認めることも可能なようにも思えます(結果的に、「a>b」という事情も考慮することとなり、その点では決定的原因説的な配慮が入っていることとなります。即ち、かかる事情を相当因果関係を判断する基礎事情として考慮することとなります。法律上の因果関係は、自然科学的な条件関係に基づく判断ではなく、制度等の目的・趣旨等を踏まえて判断される規範的な概念ですから(従って、主観的要素も影響すると考えられます)、「甲なければ乙なし」という条件関係的な判断が修正されるべき場合もあるのではないでしょうか。もっとも、かかる事案は、支配介入(第7条第3号)のケースとして処理することも(支配介入における不当労働行為の意思の内容を緩和すれば)可能かもしれませんが)。
なお、菅野教授は、決定的原因が常に必要であるというのは「法文を超えた過重な要件の設定として適切でないと思われる」とされます(「労働法」第13版1143頁注46、第12版1020頁注43)。
ちなみに、同第13版1145頁注53(第12版1021頁注48)では、菅野教授の都労委・中労委での20数年の審査実務において、反組合的動機と正当化理由の双方が十分に認められるという「動機の競合」の事例に遭遇しておらず、多分に講学上の説例と感じているとされます。
この「反組合的動機と正当化理由の双方が十分に認められる」という例は、以上の「a>bではあるが、b単独でも処分は行ったという場合」や、役員排除の目的で身辺調査を行い懲戒処分事由を見つけ出した場合などが挙げられるのかもしれません。
(ⅱ)他方、荒木教授は、従来の慣行に照らすと当該理由では組合員でなければ処分に至っていないと判断される場合には、b単独で当該不利益取扱いが行われたといえないから、就業規則違反のみから不当労働行為不成立と即断してはならないとされます。
このように、a又はb単独では不利益取扱いがなされないが、aとbが併存したがゆえに処分がなされた場合をどのように判定すべきかについて、決定的動機説では、a、bの大小(不利益取扱いの意思決定への寄与度)が問題となり、a>bであることを要することとなりそうであるが、しかし、aという事由がなければ不利益取扱いに至っておらず、aゆえに不利益取扱いがなされたと判定できる以上、aがbより大きく寄与したといえずとも不当労働行為の成立を認めてよいとされます。
この(ⅱ)は、妥当と考えます。
※ なお、本問の「理由の競合」の問題は、不当労働行為だけでなく、様々な個所で一般的に問題となります。
例えば、労基法の「均等待遇」(労基法第3条。労基法のこちら)でも問題となりました。
とりわけ、不利益取扱いが禁止される場合は、被害者側の不利益取扱いに該当するとの主張に対して、相手方は、当該不利益取扱いを正当化する別個の事由を主張してくるのが通常ですから、不利益取扱いを定める規定においては、一般的に、「理由の競合」の問題が生じうることになります。
最近の例では、マタニティ・ハラスメントに関する最高裁判例(【広島中央保健生協事件=最判平成26.10.23】(こちら)において、均等法第9条第3項が定める妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止が問題となりました。
このような問題でも、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いに該当するとの労働者側の主張に対して、使用者側が本人の能力不足等を主張してくることがあります。
前記最高裁判決は、「妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱い〔=不利益取扱い〕に当たるものと解される」として、「契機として」という表現を使用しました。
ここでは、「決定的動機・原因として」といった表現が使用されていないことは注目されます。私見ですが、最高裁は、不利益取扱いにおける「理由の競合」の問題の処理について、決定的原因説を採用するのではないことを示唆していると思えます。
ちなみに、労働契約法旧第20条の「期間の定めのあることによる不合理な労働条件の相違の禁止」に関する【ハマキョウレックス事件=最判平成30.6.1】も参考になります(「労働契約法」のこちら以下を参考)。
即ち、労働契約法旧第20条(令和2年4月1日施行の改正により廃止され、短時間・有期雇用労働法第8条に統合されました。中小事業主については、1年遅れの施行でした)では、「同一の使用者に使用されている有期契約労働者と無期契約労働者との間において、期間の定めのあることによる不合理な労働条件の相違は禁止される旨が規定されていましたが、この「期間の定めがあることにより」とは、「期間の定めがあることを理由として」と同義と解することが可能です。
そして、前掲の判決は、この労働契約法旧第20条の「期間の定めがあることにより」とは、「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である」と判示しました。
ここでも、「期間の定めがあることにより(期間の定めがあることを理由として)」とは、期間の定めがあることを決定的原因・動機とすることとは解されていず、因果関係を緩やかに解する立場を採っているものと解されます。
ただし、従来、不当労働行為に関する理由の競合の処理については、最高裁の立場は、必ずしも明確ではありません。
(ⅰ)例えば、【大浜炭鉱事件=最判昭和24.4.23】は、(旧労働法の不利益取扱いに関する事案ですが)次のように判示しています。
「使用者が労働者のなした労働争議に対する責任を問い、労働組合員に弾圧を加え、組合の団結を破壊して、これを弱体化せしめようとする意図の下に、労働者に対して不利益取扱をした場合においては、たとい、右意図の外に組合員の不当怠業行為の責任をも併せて問う意図があつたにもせよ、単に不当怠業行為の責任のみを問うて不利益取扱をなした場合とは異つて、労働者が労働組合員であること、若は労働組合の正当な行為をなしたこと又は労働争議をなしたこと等と右の労働者に対する不利益取扱との問には因果関係が存することが明かであるから」、旧労組法第11条又は労働関係調整法第40条(改正前)に違反するとされました。
この判決の言い回しからは、決定的原因説というよりは相当因果関係説を採用しているように見えます。
(ⅱ)また、【品川白煉瓦事件=最判昭和35.6.24】は、次の通りです。
「要するに原審は、上告人等に懲戒解雇を相当とする違法行為のあつたことが認められるから本件解雇は不当労働行為でないとしているが、使用者側が懲戒原因ありとして労働者に対してなす解雇処分には使用者側の反組合的意図が隠されていることが多いから、不当労働行為の審判に当つては、表面上解雇の理由となつている事実の有無や性質について調査するにとどまるべきでなく、内に隠された使用者側の主観的意図を追究すべきものである。しかるに、本件において上告人等は、使用者側に別紙第二記載のような第一組合の切崩し、第二組合の育成、第一組合との団体交渉の拒否、争議妥結後の第一組合の圧迫及び第二組合との差別待遇等反組合的意図を推測させる事実のあつたことを主張し、それらの証拠を提出しているにも拘わらず、原審が右の主張や証拠について審理判断することなく本件解雇をもつて不当労働行為でないと認定したのは、懲戒解雇の当否ということを使用者側の反組合的意図を推測させる事実と無関連に判断した結果、審理不尽ないし理由不備の違法に陥つたものであるというにある。
しかし、使用者側に反組合的意思がありその徴憑と認むべき事実がある場合でも、被解雇者側に別に懲戒解雇に値する事由とくに顕著な懲戒事由がある場合には、使用者側の反組合的意思の実現ということとは無関連に懲戒解雇を断行することはあり得ないことではない。これを本件の場合についてみると、原審の確定したところによれば、本件争議は、昭和25年4月18日に開始され同年6月19日に至つて漸やく解決をみたのであるが、その間、組合員の会社施設の無断使用、坐り込み、暴行と立入禁止仮処分の侵犯、会社職員に対する監禁、応援団体の協力を得ての暴行、行動部員等の第二組合員の連出し、坐込組合員の会社経理課長に対する暴行及び深夜の団体交渉の強要等組合活動としての正当な範囲を著しく超えたものであつたというのであるから、使用者側において被解雇者側のかか〔ママ〕越軌行動の責任を問うことは無理からねことであり、『本件解雇は、正当な組合活動をしたことの故をもつてなされたものでないことは明らかである』とした原審の判断は、十分首肯できるところである。そして原審の右判断は、使用者側に論旨主張のような反組合的態度の現われと目すべき事実の全部もしくは一部があつたとしても、本件解雇は使用者側の反組合的意思の実現ということとは関係なく違法争議の責任を問う見地から行われたものであるとの趣旨の判断を含むものと解される。それ故、原判決には所論のような審理不尽ないし理由不備の違法があるということはできない。」
この判決は、理由の競合について、どちらの立場に立つのか明確ではありません。
「使用者側に反組合的意思がありその徴憑と認むべき事実がある場合でも、被解雇者側に別に懲戒解雇に値する事由とくに顕著な懲戒事由がある場合には、使用者側の反組合的意思の実現ということとは無関連に懲戒解雇を断行することはあり得ないことではない」のうち、「とくに顕著な懲戒事由がある場合」という部分からは、決定的原因説立場ともいますが、「使用者側の反組合的意思の実現ということとは無関連に懲戒解雇を断行する」という「無関連」という部分からは、因果関係を問題にしており、相当因果関係説的立場ともいます。
ただ、「使用者側に論旨主張のような反組合的態度の現われと目すべき事実の全部もしくは一部があったとしても、本件解雇は使用者側の反組合的意思の実現ということとは関係なく違法争議の責任を問う見地から行われたものである」という判示からは、因果関係を問題としているといえ、相当因果関係説的立場と親和的といえます。
(ⅲ)他方、団体交渉における使用者の中立保持義務の個所(こちら)で少し触れました【日産自動車残業拒否事件=最判昭和60.4.23】(後に詳しく見ますが、会社に複数の労働組合が併存する場合に、会社が少数派労働組合の組合員にのみ残業をさせない措置が不当労働行為に当たるか争われた事案です)では、次のように判示しています。
「複数組合併存下においては、使用者に各組合との対応に関して平等取扱い、中立義務が課せられているとしても、各組合の組織力、交渉力に応じた合理的、合目的的な対応をすることが右義務に反するものとみなさるべきではない」とされますが、
「合理的、合目的的な取引活動とみられうべき使用者の態度であっても、当該交渉事項については既に当該組合に対する団結権の否認ないし同組合に対する嫌悪の意図が決定的動機となって行われた行為があり、当該団体交渉がそのような既成事実を維持するために形式的に行われているものと認められる特段の事情がある場合には、右団体交渉の結果としてとられている使用者の行為についても労組法7条3号の不当労働行為が成立するものと解するのが相当である。そして、右のような不当労働行為の成否を判断するにあたっては、単に、団体交渉において提示された妥結条件の内容やその条件と交渉事項との関連性、ないしその条件に固執することの合理性についてのみ検討するのではなく、当該団体交渉事項がどのようないきさつで発生したものかその原因及び背景事情、ないしこれが当該労使関係において持つ意味、右交渉事項に係る問題が発生したのちにこれをめぐって双方がとってきた態度等の一切の事情を総合勘案して、当該団体交渉における使用者の態度につき不当労働行為意思の有無を判定しなければならない。」とします。
上記の「決定的動機」という点からは、決定的原因説に親和的といえます。
ただ、本事案は、中立保持義務違反に該当するかどうかという問題における「特段の事情」がある場合について触れられたものですので、一般的な事案における理由の競合の問題についても決定的原因説が採用されるのかは、不明確です。
(ⅳ)なお、【東京焼結金属事件=最判平成10.4.28】は、原審(【東京高判平成4.12.22】)が、配転について反組合活動の意思が業務上の必要性より優越的・決定的な動機であることを認める判断をしたことについて、結論を維持しました。
即ち、原審は、検討した事実関係に基づくと、「本件配転については、これを実施する被控訴人〔=会社〕の業務上の必要性と、完全二交替制の導入を前にしてX1〔=配転された組合幹部〕ら旧執行部派の反対活動を嫌う被控訴人の意思とが競合的に存在したものと認めるのが相当である。この場合において、本件配転をX1の組合活動の故をもってなされた不利益取扱いの不当労働行為であるとするためには、右後者の反組合活動の意思が、前者の業務上の必要性よりも優越し、本件配転の決定的な動機であったことを必要とすると解される。」とします。
最高裁も、本件配転等を不当労働行為に当たらないとした原審の認定判断は、是認することができないではなく違法はないと判示しました(なお、1名の反対意見があり、被上告人〔会社〕の「不当労働行為意思の存在が顕著であったと認めるべき」としています)。
この【最判平成10.4.28】の立場は、決定的原因説(決定的動機説)であるといえます。
三 第三者の強要
次に、第三者の強要により使用者が不利益取扱い等を行った場合の問題があります。
例えば、取引先企業等の第三者が、当該企業のある組合員による組合活動を嫌悪して、使用者に対して、当該組合員を解雇しないと取引を打ち切る等の圧力をかけ、当該企業が止むなくこれに応じて当該組合員を解雇した場合も、不当労働行為に該当するか(不当労働行為の意思が認められるか)です。
この点、前述の理由の競合における決定的原因説からは、当該組合員の解雇は、第三者による圧力を決定的原因・動機としている以上、不当労働行為に該当しない(不当労働行為の意思が認められない)ともなりそうです。
しかし、第三者の圧力によりやむなく解雇したからといって、使用者が組合活動等を理由として(当該第三者が自社従業員の組合活動等を嫌悪し、それを原因として圧力を加えてきたことを認識して)解雇している以上、当該組合員が保護されないのは妥当でないでしょう。
理由の競合に関する相当因果関係説からは、組合員であること等を考慮しなければ当該不利益取扱いは行われなかったという関係が肯定できれば、不当労働行為の意思は認められると考えられ、本件でも、使用者は、従業員の組合活動を認識して、それに基づき結局解雇している以上、上記の因果関係(不当労働行為の意思)は肯定できるといえます。
この点、【山恵木材事件=最判昭和46.6.15】(第三者たる取引先会社の強要により組合活動家を解雇した事案)は、次のように判示しました。
「論旨は、要するに、原判決は、本件解雇が上告会社に対する訴外D木材市場株式会社(以下、単に訴外会社という。)の強要によるもので、上告会社の自発的な意思によるものでないことを認定しながら、本件解雇が不当労働行為による無効のものであるとしているが、右は、不当労働行為の成立には不当労働行為意思の存在を必要とし、それが当該不利益取扱いの決定的動機であることを要するという労働組合法7条の解釈を誤つたもので、原判決には理由不備または理由齟齬の違法がある、と主張する。
しかし、原判決の確定するところによれば、訴外会社〔=第三者〕の上告会社〔=使用者〕に対する被上告人〔=組合員〕解雇の要求が原判示の争議における被上告人の正当な組合活動を理由とするもので、そのことは上告会社において十分に認識しており、上告会社は、訴外会社の要求を容れて被上告人を解雇しなければ、自己の営業の続行が不可能になるとの判断のもとに、右要求を不当なものとしながら被上告人に対して解雇の意思を表示した、というのである。そして、これによると、被上告人の正当な組合活動を嫌忌してこれを上告会社の企業外に排除せしめようとする訴外会社の意図は、同会社の強要により、その意図が奈辺にあるかを知りつつやむなく被上告人を解雇した上告会社の意思に直結し、そのまま上告会社の意思内容を形成したとみるべきであって、ここに本件解雇の動機があつたものということができる。
論旨は、原判決も明らかに認定しているところの強要のもとにおいては、上告会社の意思として存在したのは、被上告人を「解雇しなければ会社の営業の続行が不可能になるとの判断」のみであるとして、あたかも経営維持の必要が本件解雇の動機であるかのごとくいうが、被上告人を解雇しなければ訴外会社の協力を得られず、上告会社の営業の続行が不可能になるという点は、前記の訴外会社による強要の事実をより具体的に説明したにとどまるのであつて、被上告人の正当な組合活動に対する嫌忌と経営続行の不可能との両者は表裏一体の関係にあるというべきであり、したがつて、上告会社の営業の続行が不可能になるという点は、たとえば、使用者側の事業の合理化のための人員整理の必要などの事情とは異なり、被上告人の正当な組合活動に対する嫌忌の点と別個独立に考慮されるべき他の動機であるとすることはできない。〔要するに、典型的な動機の競合のケースとは捉えていないのでしょう。〕
以上に説示するところによれば、原判決がその確定した事実関係のもとにおいて、前記の認識をもつてされた本件解雇の意思表示は、たとえ自発的なものでなかつたとしても、上告会社に不当労働行為をする意思がなかつたとはいえないとした判断は、結局正当であつて、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は理由がない。」
※ つまり、組合員を排除しようとする第三者の意図は、使用者が当該第三者の意図を知りつつその要求に応じたことにより、使用者の意思に直結し、使用者の意思内容を形成したとみられるとして、不当労働行為の意思を認めたものです。
そして、本判決は、本事案について、動機の競合のケースとは考えていないようです(第三者の意図が直結して使用者の意思内容を形成した「正当な組合活動に対する嫌忌」と「経営続行の不可能」性は、別個独立に考慮されるべき動機ではなく、両者は表裏一体のものであるととらえています)。
ただ、本件では、第三者の強要により使用者がその自発的な意思によらずに解雇をしており(その旨の事実認定はなされています)、決定的原因説からは、当該解雇の決定的原因は第三者の強要にあるとみるのが自然であるともいえそうです。
従って、決定的原因説からは、本件について不当労働行為の意思は肯定しにくいと考えるのが素直なように見えます。
以上、不当労働行為の意思の問題でした。
次のページでは、第7条各号の不当労働行為の類型ごとに要件を見ておきます。