【令和6年度版】
第3節 中間搾取の排除
◆何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはなりません(第6条)。
中間搾取の排除であり、いわゆる手配師等によるピンハネ等を防止しようとするものです。
【条文】
第6条(中間搾取の排除) 何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。 |
※ この条文の赤字部分は丸暗記して下さい。【過去問 平成20年問1C(こちら)】
○趣旨
労働関係の当事者でない第三者(労働ブローカー、手配師等)が、労働者の労働関係の開始・存続に関与して業として中間搾取(ピンハネ等)を行うことを禁止したものです。
一 要件
◆法律に基づいて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得ること。
以下、文言に即して、要件を見ていきます。
(一)何人も
「何人も」とは、他人の就業に介入して利益を得る第三者のことです。
【過去問 平成26年問1B(こちら)】
労基法の規制の多くは、使用者を対象としていますが、本条は、性質上、「何人」を対象としています。
※ この「何人」には、労基法上の使用者も含まれます。例えば、中間管理職、人事労務担当者、現場監督などが介入したようなケースです(注釈第1巻152頁参考)。
※ この「何人」は、個人、団体又は公人たると私人たるとを問いません。公務員であっても、違反行為の主体にあたります。
【過去問 平成28年問1エ(こちら)】
※ 法人が業として他人の就業に介入して利益を得た場合は、当該法人のため実際の介入行為を行った従業員が処罰されるます(【昭和34.2.16基収第8770号】)。
(法人は、両罰規定により処罰されます。のちにこちらで学習します。)
(二)業として
「業として」とは、「営利を目的として、同種の行為を反復継続すること」をいいます(【昭和23.3.2基発第381号】)。
一回の行為であっても、反復継続する意思があれば該当します。
【過去問 平成29年問5ウ(こちら)】
また、主業としてなされると副業としてなされるとを問いません。
(三)利益
「利益」とは、「手数料、報償金、金銭以外の財物等如何なる名称たるとを問わず、また有形無形たるとを問わない」とされています(前掲昭和23年通達)。
【過去問 令和2年問4C(こちら)】
条文上、単に「利益」とあるのであり、手数料等の名称や有形無形であるかなどは問われていません。
そして、業として他人の就業に介入して実質的に「利益」に該当するものを得るのなら、第6条が想定するピンハネ等に当てはまりますから、同条を適用する必要もあるのです。
利益は、使用者から得る場合のみならず、労働者又は第三者から得る場合も含みます(前掲通達)。
なお、利益の帰属主体は、必ずしも行為者に限られず、例えば、法人の従業者が違反行為を行い、その者が現実に利益を得ていない(法人が利益を得ている)場合であっても、当該行為者について本条違反が成立します(【昭和34.2.16基収第8770号】参考)。
【過去問 令和5年問4D(こちら)】
この場合、両罰規定(第121条(労基法のパスワード))により、法人自体も処罰されます(罰則の個所(こちら)で学習します)。
(四)他人の就業に介入
「他人の就業に介入」とは、「労働関係の当事者間に第三者が介在して、その労働関係の開始、存続等について媒介又は周旋をなす等その労働関係について、何らかの因果関係を有する関与をなす」ことをいいます(【最決昭和31.3.29】)。
この点で、労働者派遣や労働者供給は、「他人の就業に介入」するものとして本条の中間搾取にあたるかが問題となり、以下、これを見ます。
1 労働者派遣
(1)労働者派遣は、派遣元と労働者との間に労働契約関係があり、派遣元と派遣先との労働者派遣契約に基づいて、当該労働者が派遣先に派遣され、派遣先の指揮命令の下で労働するものです(労働者派遣についての詳細は、労働者派遣法(労働一般のこちら以下)で学習します)。
この労働者派遣の場合は、「派遣元と労働者との間の労働契約関係及び派遣先と労働者との間の指揮命令関係を合わせたものが、全体として当該労働者の労働関係となるものであり、したがって派遣元による労働者の派遣は、労働関係の外にある第三者が他人の労働関係に介入するものではな」いため、本条の中間搾取にはあたらないとされています(【平成11.3.31基発第168号】等参考)。
(2)そして、労働者派遣事業が、所定の手続を踏まない違法なものであっても、本条の中間搾取にはあたらないとされます(【平成20.7.1基発第0701001号】参考)。
【過去問 平成15年問1C(こちら)】
違法な派遣であっても、労働者派遣の行為類型は、労働関係にない第三者が他人の就業に関与するという本条の中間搾取が予定する行為類型には該当しないということです。
2 労働者供給
労働者供給とは、「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させること」をいい、労働者派遣法第2条1号に規定する「労働者派遣に該当するものを含まないもの」です(職業安定法第4条第8項(労働一般のパスワード))。
※ この定義は、キーワード(太字部分)を記憶して下さい。
労働者供給の場合は、供給先と労働者との間に指揮命令関係があり、供給元と労働者との間は、基本的には、事実上の支配関係はあり実質的な労働契約関係がないものを典型としています。
そこで、かかる場合の供給元による労働者の供給は、供給先と労働者の労働関係の外にある第三者として他人の労働関係に介入することにあたり、本条の中間搾取に該当し本条に違反します。
ただし、労働者供給の上記定義上は、供給元と労働者との間に労働契約関係が存在する場合も労働者供給に該当することにはなります。
そこで、例えば、在籍出向も、一応、労働者供給の一形態にはあたることになりますが、在籍出向の場合は、供給元は労働者と労働契約関係にある以上、他人の就業(労働関係)に関与するとはいえず、本条の中間搾取には該当しないことになります。
なお、在籍出向が労働者供給にあたるとはいっても、職業安定法第44条により禁止されている労働者供給とは、「労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働」させることであり、事業(営利目的で反復継続して行うこと)として労働者供給を行うことが必要であるところ、在籍出向は、社会通念上、通常は、事業として行われるものとはいえず、この職業安定法第44条に違反しないと解されています(在籍出向を違法とすることはできず、そのため、法律構成上は上記のような説明をすることとなります)。
とりあえず、労働者供給については、上記の定義を覚え、労働者供給の典型は、供給元と労働者との間に事実上の支配関係があり、供給先と労働者との間に指揮命令関係があるもの(労働契約関係があってもよい)をいうことと押さえておいて下さい(より詳しくは、労働一般のこちら以下で学習しますが、初学者の方はさしあたりスルーして下さい)。
以下、中間搾取の排除の要件の問題の続きに戻ります。
(五)法律に基づいて許される場合
「法律に基いて許される場合」として、職業安定法及び船員職業安定法等に規定する場合があります。【過去問 平成23年問1B(こちら)】参考
○ 職業安定法(詳しくは、労働一般で学習します)
職業安定法において、有料職業紹介事業を厚生労働大臣の許可を受けて行うことが認められており(職業安定法第30条)、この場合、当該有料職業紹介事業者は一定の手数料を受け取ることができます(同法第32条の3)。
なお、無料職業紹介事業(公的な職業安定機関等(職業安定機関及び特定地方公共団体)が行うものを除きます)については、学校等や特別の法人が行う場合は届出で足りますが、その他の無料職業紹介事業は許可制です(職業安定法第33条、第33条の2、第33条の3)。
被用者以外の者に労働者の募集をさせる場合(委託募集といいます。例えば、社員ではなく業者に募集させるケースです)は、報酬を与えるものは、厚生労働大臣の許可を受け(職安法第36条第1項)、その報酬額は厚生労働大臣の認可を受けることが必要です(同条同2項)。(報酬を与えないものは、届出制です(同条第3項)。)
労働者の募集を行う者(以下、「募集者」といいます)及び募集受託者(被用者以外の者で労働者の募集に従事する者)は、応募労働者から報酬を受けることは禁止されています(職安法第39条)。
募集者は、被用者で募集に従事する者又は募集受託者に「賃金等及び認可された報酬以外」の報酬を与えることは禁止されます(職安法第40条)。
二 効果
(一)基本的効果
◆何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはなりません(第6条)。即ち、中間搾取は禁止されます。
(二)公法上の効果
○過去問:
・【平成20年問1C】
設問:
何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。
解答:
正しいです。第6条そのままの出題です。
・【平成26年問1B】
設問:
労働基準法第6条は、業として他人の就業に介入して利益を得ることを禁止しており、その規制対象は、使用者であるか否かを問わないが、処罰対象は、業として利益を得た法人又は当該法人のために実際の介入行為を行った行為者たる従業員に限定される。
解答:
誤りです。
第6条は、「何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。」と規定しており、「何人も」とは、他人の就業に介入して利益を得る第三者のことです。
従って、処罰対象が「業として利益を得た法人又は当該法人のために実際の介入行為を行った行為者たる従業員」に限定されているわけではありません。
なお、規制対象が使用者であるか否かを問わないという点は、正しいです(こちら)。
・【平成23年問1B】
設問:
何人も、他の法律の定め如何にかかわらず、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。
解答:
誤りです。
「他の法律の定め如何にかかわらず」ではなく、「法律に基いて許される場合の外」が正しいです(第6条)。
他の法律において許容されている場合は、業として他人の就業に介入して利益を得ることも認められます。本文は、こちらです。
・【平成15年問1C】
設問:
ある労働者派遣事業が、所定の手続を踏まないで行われている違法なものであっても、当該労働者派遣事業の事業主が業として労働者派遣を行う行為は、「何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。」と規定する労働基準法第6条の中間搾取には該当しない。
解答:
正しいです(【平成20.7.1基発第0701001号】)。
違法な派遣であっても、派遣の行為類型は、労働関係にない第三者が他人の就業に関与するという本条の中間搾取が予定する行為類型には該当しないということです。
本文は、こちらです。
・【平成28年問1エ】
設問:
労働基準法第6条は、法律によって許されている場合のほか、業として他人の就業に介入して利益を得てはならないとしているが、その規制対象は、私人たる個人又は団体に限られ、公務員は規制対象とならない。
解答:
誤りです。
第6条(中間搾取の排除)の規制対象が、「私人たる個人又は団体に限られ、公務員は規制対象とならない」とする根拠はありません。
第6条の条文上、そのような限定はなく、また、公務員なら他人の就業に介入してピンハネしても労基法による罰則の適用対象とならないとするのは不合理だからです。
本問については、上記の本文中(こちらの(一)の最後)でも結論を記載していました。
・【平成29年問5ウ】
設問:
労働基準法第6条は、法律によって許されている場合のほか、業として他人の就業に介入して利益を得てはならないとしているが、「業として利益を得る」とは、営利を目的として、同種の行為を反覆継続することをいい、反覆継続して利益を得る意思があっても1回の行為では規制対象とならない。
解答:
誤りです。
「業として」とは、「営利を目的として、同種の行為を反復継続すること」をいい、1回の行為であっても、反復継続する意思があれば該当すると解されています(【昭和23.3.2基発第381号】)。
保護の必要性を重視していることになります。本文は、こちらです。
・【令和2年問4C】
設問:
労働基準法第6条に定める「何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。」の「利益」とは、手数料、報償金、金銭以外の財物等いかなる名称たるかを問わず、また有形無形かも問わない。
解答:
正しいです。
条文上、単に「利益」とあるのであり、手数料等の名称や有形無形であるかなどは問われていません。
そして、業として他人の就業に介入して実質的に「利益」に該当するものを得るのなら、第6条が想定するピンハネ等に当てはまりますから、同条を適用する必要もあります。
本文は、こちらです。
・【令和5年問4D】
設問:
法人が業として他人の就業に介入して利益を得た場合、労働基準法第6条違反が成立するのは利益を得た法人に限定され、法人のために違反行為を計画し、かつ実行した従業員については、その者が現実に利益を得ていなければ同条違反は成立しない。
解答:
誤りです。
利益の帰属主体は、必ずしも行為者に限られず、本問のように法人の従業員が違反行為を行った場合は、その者が現実に利益を得ていない(法人が利益を得ている)ときであっても、当該行為者について本条違反が成立します(【昭和34.2.16基収第8770号】)。
なお、この場合、両罰規定(第121条(労基法のパスワード))により、法人自体も処罰されます(罰則のこちらで学習します)。
本文は、こちらです。
最後に、罪数論について見ておきます。
※ 罪数の問題:
罪数については、前ページの第5条の「強制労働の禁止」の個所(こちら)で見ましたように、【過去問 平成27年問1D(こちら)】において「法条競合」の問題が出題されました。
今後も罪数について出題されることもありえ、最低限の知識を補充する観点から、この第6条の「中間搾取の排除」においても、簡単に見ておきます(先に取り上げなかった包括一罪と観念的競合の問題です)。
なお、罪数論全体の体系図等は、こちら以下をご参照下さい。
以下、難しい問題ですので(詳細は、本来は、刑法で学習するものです)、ざっと読んで頂き、結論を記憶できればよい程度です。
中間搾取の排除(第6条)においては、例えば、次のような罪数の問題があります。
1 中間搾取の行為を数回にわたって行った場合に、数罪になるのか、一罪になるのか
2 職業安定法違反との関係
(1)職業安定法第30条(=有料職業紹介の規制)違反等との関係
(2)職業安定法第63条第2号(=公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行った者又はこれらに従事した者に対する罰則の適用)違反との関係
以下、順に見ていきます。
1 中間搾取の行為を数回にわたって行った場合
中間搾取の行為を数回にわたって行った場合に、数罪になるのか、一罪になるのかが問題です(例えば、労働ブローカーが、同一労働者や複数の労働者に数回にわたり職業を紹介して手数料をピンハネしたようなケースです)。
結論として、包括一罪となり、1つの犯罪(1罪)のみを構成することを押さえて下さい。
以下、解説です。
(1)先に強制労働の禁止の個所(こちら以下)で触れましたが、いくつの罪が成立するのかの判断基準(即ち、数罪になるのか、一罪になるのかの基準)については、抽象的には、1つの構成要件(犯罪が成立するための要件)に該当すると評価すれば足りるのかどうかということになります(構成要件評価説)。
ただ、具体的には、侵害された法益の数・種類、行為の数、行為者の意思、法定刑の違い等を考慮して総合的に判断することになると思われます。
結局は、1罪として評価すれば足りるのか、それとも各行為(ないし法益)を独立に評価するのが妥当なのかということになります。
(2)この点、中間搾取の排除の第6条は、何人も、法律に基づいて許される場合を除いて、業として他人の就業に介入して利益を得てはならないとすることにより、労働者が中間搾取者からその労働や賃金が搾取されることを防止して、労働者の保護を図ったものです。
そこで、例えば、複数の労働者から中間搾取を行ったような場合には、労働者ごとに保護すべき利益(法益)があるとして、労働者ごとに1罪が成立すると考えられなくもありません。
ただ、第6条は、「業として」(「営利を目的として、同種の行為を反復継続すること」)中間搾取を行うことを規制していますから、一連の中間搾取の行為は、本来、第6条が当然に予定しているものといえます。
この点を重視しますと、一連の中間搾取の行為は、それぞれを独立に評価するのではなく、全体として1つの構成要件に該当すると評価すれば足りるとなります。
結論としては、最高裁も包括一罪とし、1つの犯罪のみを構成するとしています(【最判昭和33.5.6=申昌均中間搾取事件】)。
2 職業安定法違反との関係
(1)職業安定法第30条(=有料職業紹介の規制)違反等との関係:
(ⅰ)次に、職業安定法との罪数関係を見てみます。
第6条の「他人の就業に介入して利益を得る」行為は、同時に、職業安定法が規制する「職業紹介」(職業安定法(以下、「職安法」といいます)第30条。有料職業紹介事業を行おうとする者は、厚生労働大臣の許可を受けるなどの一定の手続をとることが必要です)や「委託募集」(職安法第36条。労働者を雇用しようとする者が、その被用者以外の者をして報酬を与えて労働者の募集に従事させようとするときは、厚生労働大臣の許可を受けるなどの一定の手続をとることが必要です)、さらには労働者供給(職安法第44条(労働一般のパスワード)。労働者供給事業の原則禁止。労働者供給は前述のこちら)といった形で行われることになります。
そこで、これらの職業紹介等の事業が有料で行われる場合は、第6条違反と同時に、職業安定法第30条、第36条又は第44条の違反も成立しうるため、これらの罪数の関係が問題です。
(ⅱ)この点は、観念的競合と解されています(【最判昭和33.6.19=桑田鶴太郎中間搾取等違反事件】。詳しい理由づけは述べられていません)。
観念的競合とは、1個の行為が2個以上の罪名に触れるときに、その最も重い刑により処断されるというものです(刑法第54条第1項前段)。
即ち、数罪が成立する場合に、それらの関係をどう考えるのかの問題であり、主として、併合罪(確定裁判を経ていない2個以上の罪のこと。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とされます。刑法第45条)との区別が問題となります(併合罪の方が刑が重くなります。なお、観念的競合と牽連犯は、(牽連犯は数個の犯罪が類型的に手段・結果の関係にある場合であり、比較的内容が明らかなことから)区別がつきやすいです)。
これについては、観念的競合の「1個の行為が2個以上の罪名に触れ」る場合とあるうち、「1個の行為」の解釈が問題となります。
この点、「1個の行為」とは、「法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上1個のものとの評価をうける場合」とされています(【最判昭49.5.29】)。
つまり、数個の罪が、法的評価を離れて、自然的・社会的に1個の行為といえる場合に、観念的競合となります。※1
この立場からは、本件では、他人の就業に介入して利益を得るという自然的・社会的に1個といえる行為が、第6条の中間搾取の排除の規定のほか、職業安定法第30条の違反にも該当するため、両罪は観念的競合と解せることになります。
【参考条文 刑法】
刑法第54条(1個の行為が2個以上の罪名に触れる場合等の処理) 1.1個の行為が2個以上の罪名に触れ〔=観念的競合〕、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるとき〔=牽連犯〕は、その最も重い刑により処断する。
2.第49条第2項〔=2個以上の没収は、併科する〕の規定は、前項の場合にも、適用する。 |
以上の2(1)の問題については、「観念的競合」になるという結論を押さえれば足ります。
次は、こちらにお進み下さい(以下の字下げ部分は、あくまで参考知識であるため、スルーして頂いて結構です)。
なぜ観念的競合が「法的評価を離れて、自然的・社会的に1個の行為といえる場合」と考えられるのかについて、疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんので、以下、私見を交えて解説しておきます。
ただし、以下は、刑事訴訟法でも最も難しい問題が関係する説明となり、かつ、直接、社労士試験に関係するものでもありません。従って、初学者の方は読まれない方がよろしく、受験経験者で知識に余裕のある方のみ、大まかにお読み下さい。
※1 上記の観念的競合における「1個の行為」を自然的・社会的に1個の行為といえるものと解する立場の理由を推測しますと、条文上は、刑法第54条第1項前段において、「1個の行為」が、「2個以上の罪名」という「法的評価」に対応するものとして規定されていることが考えられます。
また、観念的競合と解されますと、刑事訴訟法上、一般に、処罰の1回性が想定されており(実体法上の1罪(観念的競合も実体法上の1罪です)は、手続法上も一体的に処理されるのが原則です。例えば、「公訴事実の同一性」が認められ、「一事不再理効」が生じます。※2)、従って、観念的競合における「1個の行為」についても、処罰の1回性にふさわしい行為と解すべきであり(同時捜査・訴追の容易性、証拠の共通性等が必要です)、自然的・社会的に1個の行為といえるものについては、処罰の1回性を認めても不都合はないといえることが考えられます。
・以下、※2及び※3は、さらに、試験対策上、直接関係ない知識です(かつ、当サイトの私見も大いに含まれています)。
上記※1の理解を深めるためにだけ参考として記載しているものですので、記憶する必要もありません。
※2 一事不再理効
一事不再理効とは、一定の判決が確定しますと、それと同一の事件については再訴が許されなくなるというルールです(刑事訴訟法337条、第338条、第340条参考)。
一般に、一事不再理効は、被告人が同一事件について何度も手続の負担(処罰の危険)を強いられることはないという憲法第39条の2重の危険の禁止の法理に基づくものと解されています。
そこで、一事不再理効が及ぶかどうかも、2重の危険にあたるかどうか、換言しますと、1回の手続による処理の妥当性ないし訴追権限濫用防止の必要性といった見地から、人権保障(被告人の法的地位の安定)の要請と真実発見の要請との調和(憲法第31条の適正手続の保障。刑事訴訟法第1条)を考慮しつつ判断すべきです。
具体的には、刑事訴訟法上の「公訴事実の同一性」の範囲内(刑訴法第312条第1項)では、「訴因の変更」(※3)が可能であるため、法律上、1回の手続による処理が要求されていると解されますので、最低限、この範囲では一事不再理効が生じると考えられます(公訴事実の同一性の範囲外であっても、同時処理・訴追が通常可能といえるなど、1回の手続による処理が妥当といえる範囲内ないし訴追権限の濫用を防止すべき範囲内では、一事不再理効が生じる場合があるものと考えます)。
【憲法第39条】
憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。 |
※3 訴因
訴因とは、刑事訴訟法上の概念であり、起訴状の公訴事実において記載された犯罪の具体的事実をいいます。
公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならず(刑訴法第256条第1項)、起訴状には、公訴事実を訴因を明示して記載すべきところ、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してすることが必要です(同法第256条第2項、第3項)。
訴因は、検察官の主張であり、裁判所に対する審判対象となるものであって、被告人にとっては防御の対象となるものです。
訴因の変更とは、かかる訴因を公判の過程で検察官が変更等することです(民事訴訟法の訴えの変更に相当します)。
ただし、無制約に訴因変更が認められますと、被告人の防御に支障が生じ、その法的地位の安定性が害されますので、「公訴事実の同一性」を害しない限度において、訴因の変更が認められており(刑訴法第312条第1項)、この訴因の変更により同一手続上での処理が可能となります(わざわざ別訴を提起することが不要になるということです)。
「公訴事実の同一性」が認められるかどうかも、かかる訴因の変更の趣旨に照らせば、同一手続上での処理が妥当かどうか、即ち、当該手続上で処理するのが妥当なのか、それとも別訴で処理するのが妥当なのかという視点から判断すべきと考えられます。
この点、被告人の利益(防御権の保障や一事不再理効を受ける利益など)、検察官の利益及び裁判所の利益(審理の円滑等)を考慮する必要がありますが、具体的には、(a)両訴因間に事実上の共通性があり、両立しない関係にあるといえる場合や(b)実体法上1罪の関係にある場合(単一性)に、公訴事実の同一性が認められると考えられます。
なぜなら、かかる場合には、通常、両訴因の間で、被告人の防御方法、対象等は共通・関連すること、訴追側にとっても、一方が発覚すれば他方も発覚しやすいといった関係にあるといえること(事実や証拠の共通性)等から、1回の手続により処理して一事不再理効を及ぼすこと(同一事件について何度も処罰の危険を受けないとすること)が妥当といえるからです。
上記の(b)が、先に、観念的競合(実体法上1罪です)について、手続法上も一体として処理されると述べた根拠にあたる部分です。
続いて、先に触れました職業安定法第63条第2号との関係について、簡単に触れておきます。同規定の内容と太字部分を押さえれば足ります。
(2)職業安定法第63条第2号(=公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行った者又はこれらに従事した者に対する罰則の適用)違反との関係:
第6条の「他人の就業に介入して利益を得る」行為は、職業安定法第63条第2号(罰則)が定める「公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行った者又はこれらに従事した者」が対象としている行為にも該当するといえ、両罪の関係が問題です。
最高裁は、両者の行為について、「その構成要件の中核をなす他人の就業への介入という部分において重なりあうものであるから、一連の行為であって両者に該当する場合のあり得ることを否定することができない。」とし、「一個の行為にして労基法違反と職安法違反との2個の罪名に触れる場合に当たる」として、観念的競合としました(前掲の【最判昭和33.5.6=申昌均中間搾取事件】)。
以上で、罪数論について終わり、中間搾取の排除の問題を終了します。
第4節 公民権行使の保障
◆使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではなりません。
ただし、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができます(第7条)。
【条文】
第7条(公民権行使の保障) 使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。 |
【選択式 平成20年度 B=「公の職務を執行するために必要な時間」(こちら)】/
【令和3年問1D(こちら)】
※ この条文も、キーワードを暗記することが必要です。
○趣旨
国民主権、民主主義(憲法第1条、前文第1段、第15条、第41条等)の下、労働者の参政権の行使等の公的活動を保障するため、公民としての権利行使や公の職務執行のために必要な時間を労働時間中に認めなければならないとしたものです。
一 要件
◆労働者が、労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求すること。
(一)「公民としての権利」
「公民」とは、「国家又は公共団体の公務に参加する資格ある国民」のこととされ、「公民としての権利」とは、「公民に認められる国家又は公共団体の公務に参加する権利」のこととされています(【昭和63.3.14基発第150号】)。
この「公民としての権利」にあたるかどうかの具体例を、次の図で整理しておきます。どこかで読んだことがある程度には、チェックしておいて下さい。
以下、上記表中の※1及び※2について、少し解説します(直接は出題可能性に乏しいため、太字部分を中心に参考程度にお読み下さい)。
※1 訴権の行使:
訴権とは、訴訟を提起して裁判を受ける権利です。
個人の私的な権利の救済を求めるための訴権の行使は、公務に関する権利行使とはいえませんから、公民権の行使にはあたりません。
私人間の損害賠償請求訴訟などです。
しかし、行政事件訴訟法第5条による民衆訴訟は、公民権の行使にあたります。
民衆訴訟とは、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟のことであり、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものです。
民衆訴訟は、個人の権利・利益の保護を直接目的とするものではなく、行政活動の適法性の確保や客観的な法秩序の維持を目的とする訴訟(=客観訴訟といいます)の一つです。
従って、民衆訴訟は、公益の確保を目的とするものですから、公民権の行使にあたることになります。
この民衆訴訟の具体例としては、前掲の表のように、地方自治法による住民訴訟(次の※2)や公職選挙法による選挙・当選の効力に関する訴訟などがあります。
※2 住民訴訟:
住民訴訟とは、普通地方公共団体の住民が、その属する地方公共団体の違法な財務会計上の行為等を是正するために提起する訴訟です(地自法第242条の2以下)。
この住民訴訟は、公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟として上記の民衆訴訟にあたるため、住民訴訟の提起は公民権の行使にあたります。
なお、この住民訴訟を提起する前提として、住民監査請求の手続をとることが要求されており(同法第242条の2第1項)、この住民監査請求に対する監査委員の監査等に不服がある場合等に住民訴訟を提起して、当該違法行為の差止めや取り消しなどを求めることとなります。
この住民監査請求(同法第242条)とは、普通地方公共団体の住民が、その属する公共団体について、違法もしくは不当な財務会計上の行為等があると認めるときに、監査委員に対して監査を求め、当該行為の防止、是正等を請求するものです。
住民監査請求も、公益の確保を目的にするものですから、公民権の行使にあたります。
(二)「公の職務」
「公の職務」とは、法令に基づく公職の従事者の職務のことですが、次の表のような一定の範囲の職務に限定されています(職務の性格や労働時間中に行う必要性の程度などの事情を考慮しているのでしょう)。
この表も、どこかで読んだことがある程度には、チェックしておいて下さい。
◯過去問:
・【平成21年問1E】
設問:
労働者が労働審判手続の労働審判員としての職務を行うことは、労働基準法第7条の「公の職務」には該当しないため、使用者は、労働審判員に任命された労働者が労働時間中にその職務を行うために必要な時間を請求した場合、これを拒むことができる。
解答:
誤りです。
労働審判員としての職務は、第7条の「公の職務」に該当します。従って、使用者は、本問の労働者の請求を拒むことはできません。
なお、労働審判手続とは、労働関係に属する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(個別労働関係民事紛争といいます)に関し、労働審判委員会(裁判官1名と労働関係の専門家2名から構成されます)によって、迅速かつ適正な解決を図ることを目的とした非訟手続制度です(労働審判法第1条(労働一般のパスワード)参考。ちなみに、労働審判法は、こちら以下で詳述しています)。
非訟手続とは、訴訟手続と対比される手続であり、当事者間の権利義務に関する紛争を前提とせずに、紛争の予防や円滑な解決のため、裁判所が一定の法律関係を形成する手続です。
例えば、失踪宣告の手続や後見開始の審判などです。
二 効果
◆労働者が、労働時間中に、公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、使用者は「拒んではならない」とされます(第7条本文)。
ただし、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができます(同条ただし書)。
(一)基本的効果
1 原則
(1)拒むことの禁止
条文上、「拒んではならない」と規定されていますから、使用者が拒んだだけで本条違反が成立します(拒んだ結果、労働者が公民権を行使できなかった等の事情は問われません)。
(2)賃金支払義務の有無
公民権の行使又は公の職務の執行のために要する時間について、条文上、使用者に賃金支払義務は課されていません。
従って、当該時間につき、有給にするか無給にするかは、当事者の取決め(契約)によります(【昭和22.11.27基発第399号】参考)。
【過去問 平成24年問4C(こちら)】/【平成26年問1C(こちら)】/【令和元年問3ウ(こちら)】
〇過去問:
・【選択式 平成20年度】
設問:
2 労働基準法第7条においては、「使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は B を請求した場合においては、拒んではならない。」と定められている。
選択肢(本問に関連するもののみ):
③公の職務を執行するために必要な時間 ⑪職業能力の開発向上に資する教育訓練を受ける時間 ⑯病院又は診療所において診察又は治療受ける時間 ⑱負傷し、又は疾病にかかった子の世話をするために必要な時間
解答:
B=③「公の職務を執行するために必要な時間」(第7条)
・【平成24年問4C】/【類問 平成10年問1D】
設問:
労働基準法第7条は、労働者が労働時間中に、公民権を行使するために必要な時間を請求した場合には、使用者はこれを拒んではならないとし、また、当該時間を有給扱いとすることを求めている。
解答:
誤りです。
「当該時間を有給扱いとすること」は求められていません。
第7条は、公民権の行使又は公の職務の執行のために要する時間について、使用者に賃金支払義務があるとまでは規定していません。
・【平成26年問1C】
設問:
労働基準法第7条は、労働者が労働時間中に、裁判員等の公の職務を執行するための必要な時間を請求した場合に、使用者に、当該労働時間に対応する賃金支払を保障しつつ、それを承認することを義務づけている。
解答:
誤りです。
本問の労働者による公の職務の執行のための必要な時間の請求については、使用者はそれを承認する義務はありますが(ただし、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することはできます)、当該労働時間に対応する賃金支払義務は課されていません。
なお、本問では、公の職務の対象者として「裁判員」が挙げられています(こちらの表中の1を参考)。
・【令和元年問3ウ】
設問:
労働基準法第7条に基づき「労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使」した場合の給与に関しては、有給であろうと無給であろうと当事者の自由に委ねられている。
解答:
正しいです。
第7条は、公民権の行使又は公の職務の執行のために要する時間について、使用者に賃金支払義務は課していません。
・【令和2年問4D】
設問:
使用者が、選挙権の行使を労働時間外に実施すべき旨を就業規則に定めており、これに基づいて、労働者が就業時間中に選挙権の行使を請求することを拒否した場合には、労働基準法第7条違反に当たらない。
解答:
誤りです。
第7条は、使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、「拒んではならない」としており、ただし、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、「請求された時刻を変更することができる」ことを認めているのみです。
そこで、使用者が、選挙権の行使を労働時間外に実施すべき旨を就業規則に定め、これに基づいて、労働者が就業時間中に選挙権の行使を請求することを拒否した場合は、第7条に違反します。
ちなみに、公民権の行使を労働時間外に行うべき旨を就業規則等に定めること自体は、第7条の公民権の行使に必要な時間の請求を拒んだことには該当しませんが、当該定めにより当該請求を拒否した場合は、拒んだに該当し第7条に違反すると解されています(【昭和23.10.30基発第1575号】)。
ただし、のちに見ます【十和田観光電鉄事件=最判昭和38.6.21】では、「公職の就任を使用者の承認にかからしめ、その承認を得ずして公職に就任した者を懲戒解雇に附する旨の〔就業規則の〕前記条項は、右労働基準法〔=第7条〕の規定の趣旨に反し、無効のものと解すべきである。」としており、就業規則の定め方によっては、当該規定自体が第7条に違反する場合があることになります(なお、法令に違反する就業規則の規定が無効となることは、第92条第1項が前提としています。詳細は、のちにこちら以下で見ます)。
・【令和3年問1D】
設問:
使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合に、これを拒むことはできないが、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することは許される。
解答:
正しいです(第7条)。ほぼ条文通りの出題です。
なお、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することは認められていますが、「別の日」に変更することができるのか(「時刻」に「日にち」も含むのか)については争いがあります(すぐ後で見ます)。
「権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り」という制限があるため、一般には、別の日に変更することもできると解されています。
※ なお、労基法上、「時間や休暇を付与することが必要だが、賃金は保障しなくてよい」とされているケースとしては、次の例があります(本条以外は、いずれも妊産婦等のケースです)。
〇「時間や休暇を付与することが必要だが、賃金は保障しなくてよい」例:
(1)公民権行使の保障(第7条)
(2)産前産後休業(第65条(労基法のパスワード)。こちら以下)
※ 即ち、産前産後休業期間中、使用者は賃金を支払う必要がありません(他方、健康保険法により、健康保険の被保険者については、産前産後休業期間中、出産手当金が支給されます)。
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2 例外 = 時刻の変更
労働者が公民権行使等のため必要な時間を請求した場合、使用者はこれを拒むことはできませんが、権利行使又は公の職務執行に支障がない限りは、請求された時刻を変更することができます(第7条ただし書)。
この「時刻」の変更には、日にちの変更も含むと解されています(業務の事情からは、別の日にちに変更する必要もありえますし、また、「権利行使又は公の職務執行に支障がない限り」変更できるだけですから、日にちの変更を含めても、労働者の権利行使等に対する不当な制約は防止できるといえるからです)。
※1 公民権行使と懲戒解雇等:
労働者の公職への就任を使用者の承認にかからしめ、その承認を得ずして公職に就任した者を懲戒解雇に付する旨の就業規則の条項は、本条の趣旨に反し無効とされています(【十和田観光電鉄事件=最判昭和38.6.21】)。
【過去問 平成16年問1D(こちら)】/【平成23年問1C(こちら)】/【平成29年問5エ(こちら)】
以下、この判例を見ます。
・【十和田観光電鉄事件=最判昭和38.6.21】
(事案)
この十和田観光電鉄事件の事案は、次のようなものです。
会社の就業規則に「選挙に立候補しようとするとき及び公職に就任しようとするとき」には会社の承認を得なければならない旨が規定されていたところ、本件労働者(労働組合の委員長で、専従組合員として会社の勤務は免除されていました)が、市議会議員選挙に立候補し(会社に文書で立候補する旨を知らせましたが、会社からの反応がありませんでした)、当選しました。
そこで、会社の承認を得ずに議員に就任したことを理由として、会社が当該労働者を懲戒解雇したというものです。
(解説)
この判決は少しわかりにくいので、以下、この判決の背景にあるであろう考え方について、まず当サイトの理解を記載してみます。
本件では、労働者の公民権行使の保障の要請と使用者の経営権の保護の要請との調整が問題となります。
即ち、第7条は、労働時間中の公民権の行使や公の職務の執行を保障しており、この趣旨からは、労働者が(雇用されながら)公職に就任することも保障されることを前提としているものと解されます。
しかし、他方で、公職の就任により、所属する会社に出勤できなくなるなど、会社の業務に支障が生じる場合があり、両者の調節をどう図るかです。
この点は、本条が公民権行使を保障することにより、労働者の参政権の行使等の公的活動を可能にさせ、ひいては国民主権の下、民主主義の適正な実現を図ろうとしたものであることを考えますと、同条の趣旨を重視する必要があり、公職の就任を使用者の承認にかからせることは認められないと解されます。
ただし、公職の就任により会社業務の逐行が著しく阻害されるおそれのある場合はあり(例えば、公職就任者が公務のため会社にほとんど来られなくなるようなケース。仮に、公民権の行使等の時間について有給とする旨を定めていたような場合は、長期欠勤により使用者に想定外の重い負担が生じることにもなります)、使用者の保護にも配慮する必要があります。
そこで、業務への支障の程度やその他の事情によっては、休職処分にすることや、普通解雇にすることも認められることがありえます(休職処分・解雇権行使の濫用に該当しない等の適法な人事権・解雇権の行使であることは必要です)。
ただ、その場合も、懲戒解雇にすることは認められません。なぜなら、懲戒解雇は、企業秩序違反に対する制裁罰であり、労基法で保障されている正当な公民権の行使等を企業秩序違反ととらえるのは妥当でないこと、また、普通解雇に比べ被解雇者の不利益も大きいこと(退職金の減額・不支給や再就職における不利益など)からです。
以下の判旨においても、「普通解雇」が認められることが直接明示されているわけではないですが、「普通解雇に附するは格別」と述べられており、それが示唆されています。
以下、判決の主要部分を掲載します。下線部分と太字部分に注意すれば足ります。
(判旨)
「おもうに、懲戒解雇なるものは、普通解雇と異なり、譴責、減給、降職、出勤停止等とともに、企業秩序の違反に対し、使用者によつて課せられる一種の制裁罰であると解するのが相当である。
ところで、本件就業規則の前記条項は、従業員が単に公職に就任したために懲戒解雇するというのではなくして、使用者の承認を得ないで公職に就任したために懲戒解雇するという規定ではあるが、それは、公職の就任を、会社に対する届出事項とするにとどまらず、使用者の承認にかからしめ、しかもそれに違反した者に対しては制裁罰としての懲戒解雇を課するものである。
しかし、労働基準法7条が、特に、労働者に対し労働時間中における公民としての権利の行使および公の職務の執行を保障していることにかんがみるときは、公職の就任を使用者の承認にかからしめ、その承認を得ずして公職に就任した者を懲戒解雇に附する旨の前記条項は、右労働基準法の規定の趣旨に反し、無効のものと解すべきである。
従つて、所論のごとく公職に就任することが会社業務の逐行を著しく阻害する虞れのある場合においても、普通解雇に附するは格別、同条項を適用して従業員を懲戒解雇に附することは、許されないものといわなければならない。」
〇過去問:
・【平成23年問1C】
設問:
公職の就任を使用者の承認にかからしめ、その承認を得ずして公職に就任した者を懲戒解雇に付する旨の就業規則条項は、公民権行使の保障を定めた労働基準法第7条の趣旨に反し、無効のものと解すべきであるとするのが最高裁判所の判例である。
解答:
正しいです。
前掲の【十和田観光電鉄事件=最判昭和38.6.21】です。
・【平成16年問1D】
設問:
公職に就任することが会社業務の遂行を著しく阻害するおそれのある場合においては、公職の就任を使用者の承認にかからしめ、その承認を得ずして公職に就任した者を懲戒解雇に付する旨の就業規則の条項を適用して従業員を懲戒解雇に付することも許されるとするのが最高裁の判例である。
解答:
誤りです。
前掲の【十和田観光電鉄事件=最判昭和38.6.21】では、「公職に就任することが会社業務の逐行を著しく阻害する虞れのある場合においても、普通解雇に附するは格別、同条項を適用して従業員を懲戒解雇に附することは、許されない」とされています。
・【平成29年問5エ】
設問:
労働者(従業員)が「公職に就任することが会社業務の逐行を著しく阻害する虞れのある場合においても、普通解雇に附するは格別、同条項〔当該会社の就業規則における従業員が会社の承認を得ないで公職に就任したときは懲戒解雇する旨の条項〕を適用して従業員を懲戒解雇に附することは、許されないものといわなければならない。」とするのが、最高裁判所の判例である。
解答:
正しいです。
前記判示の2番目の下線部分(こちら以下)からの出題です。
※ なお、懲戒処分についての詳細は、「労働契約」の「労働契約の変更」の個所(こちら)で学習しました。
(二)公法上の効果
第5節 労働者の人格権の保護
労働憲章の最後として、労基法に規定のない労働者の人権保障に関する問題について若干言及しておきます。
近年、職場におけるいじめ・嫌がらせ、あるいは、プライバシーの侵害など、労働者の人権侵害、とりわけ人格権の侵害が問題となる事例が増えています。
職場におけるハラスメント防止対策としては、労働施策総合推進法第4条第1項第15号(労働一般のパスワード)において、国の施策として、「職場における労働者の就業環境を害する言動に起因する問題の解決を促進するために必要な施策を充実すること」が定められました(令和元年6月5日公布・施行の改正(女性活躍推進法等の一部改正法。【令和元.6.5法律第24号】))。
そして、具体的な職場におけるハラスメント防止対策としては、従来から、「職場におけるセクシュアルハラスメント防止対策」(労働一般のこちら以下)及び「職場における妊娠、出産等に関するハラスメント防止措置」(こちら以下)については、「男女雇用機会均等法」において規律されており、また、「職場における育児休業等に関するハラスメント防止対策」については、「育児介護休業法」(こちら以下)において規律されていました(なお、これらの規定も、後述の令和2年6月1日施行の改正により改められています)。
【令和3年度試験 改正事項】
さらに、前掲の令和元年公布の改正法に基づいて、労働施策総合推進法に定められました「職場におけるパワーハラスメント防止対策」に関する規定が令和2年6月1日から施行されました。
即ち、労働施策総合推進法中に、「職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等」の章が新設され、事業主に対して、職場におけるパワーハラスメント防止のために雇用管理上必要な措置を講じることを義務づける等の規定(同法第30条の2等)が新設されたものです(中小事業主については、雇用管理上の措置に関する規定は令和3年4月1日施行です)。
この職場におけるパワーハラスメント防止対策の詳細については、労働一般のこちら以下でご紹介しています。
なお、いわゆるマタニティハラスメントに関する最高裁判例(【広島中央保健生協事件=最判平成26.10.23】)については、こちらをご参照下さい。
(ただし、以上につきましては、初学者の方は、さしあたりはスルーで結構です。この労基法を読み進めて下さい。)
裁判例については、既述の懲戒処分の個所でも、所持品検査(こちら)など、人格権侵害に関する事例(こちら以下も参考)があります。
また、【JR東日本(本荘保線区)事件=最判平8.2.23】(こちら) (組合のマーク入りのベルトを着用して就労していた組合員たる労働者に対して、教育訓練として就業規則全文の書き写し等をさせたケース)や【国鉄鹿児島自動車営業所事件=最判平5.6.11】(こちら)(国鉄の職員たる組合員が国労バッジを着用したまま点呼業務に従事したため、営業所構内に降り積もった火山灰の除去をさせたケース)も人格権の侵害が問題となったケースですが、あまり深入りしなくて大丈夫でしょう。
以下では、他の個所で記載できなかった次の最高裁判例を見ておきます。
〇【関西電力事件=最判平成7.9.5】
(懲戒処分の個所で学習しました昭和58年の関西電力事件とは異なる判例です。)
※ この判例は、不法行為を構成する理由として、名誉の毀損やプライバシーの侵害等の他に「職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害する」ことも挙げていることが特徴です。
この「職場における自由な人間関係を形成する自由」というキーワードを押さえておきます。
(事案)
使用者が、特定の政党員又はその同調者である組合員複数名に対して、他の従業員から遮断し孤立させるため、同人らを職場内外で監視し、帰宅時の尾行やロッカーの無断捜索等を行った行為について、不法行為に基づく損害賠償請求などが問題になった事案。
(判旨)
「上告人〔=使用者〕は、被上告人らにおいて現実には企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず、被上告人らが共産党員又はその同調者であることのみを理由とし、その職制等を通じて、職場の内外で被上告人らを継続的に監視する態勢を採った上、被上告人らが極左分子であるとか、上告人の経営方針に非協力的な者であるなどとその思想を非難して、被上告人らとの接触、交際をしないよう他の従業員に働き掛け、種々の方法を用いて被上告人らを職場で孤立させるなどしたというのであり、更にその過程の中で、被上告人B1及び同B2については、退社後同人らを尾行したりし、特に被上告人B2については、ロッカーを無断で開けて私物である「民青手帳」を写真に撮影したりしたというのである。そうであれば、これらの行為は、被上告人らの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損するものであり、また、被上告人B2らに対する行為はそのプライバシーを侵害するものでもあって、同人らの人格的利益を侵害するものというべく、これら一連の行為が上告人の会社としての方針に基づいて行われたというのであるから、それらは、それぞれ上告人の各被上告人らに対する不法行為を構成するものといわざるを得ない。」
※ トランスジェンダー職員のトイレ使用の制限の適法性が問題となった【国・人事院(経産省職員)事件=最判令和5年7月11日】については、労働一般のこちら(労働一般のパスワード)です。
以上で、労働憲章を終わります。
次は、いよいよ労働条件に入ります。まずは、賃金からです。