【令和6年度版】
§2 例外的な算定方法
前のページで学習しました原則的な算定方法に対して、例外的な算定方法も定められています。
この例外的な算定方法について、第12条において以下のような規定があります。
〇 例外的な算定方法:
一 最低保障(第12条第1項ただし書)
この平均賃金の最低保障には、次の2種類があります。
(一)賃金が、日、時間、出来高払制その他の請負制によって定められた場合 (即ち、日給制、時間給制、出来高払制等の場合)
(二)賃金の一部が、月、週その他一定の期間によって定められた場合 (即ち、賃金の一部が、月給制、週給制等の場合)
二 雇入後3箇月未満の者の平均賃金(第12条第6項)
三 日々雇い入れられる者の平均賃金(同条第7項)
四 その他、平均賃金を算定できない場合(同条第8項) |
実際は、四の具体的ケースが多数あります(ただし、試験対策上は深入りする必要ありません)。
以下、詳しく見ます。
一 最低保障(第12条第1項ただし書)
平均賃金の最低保障が定められている場合があります。
○趣旨
賃金が日給制、時間給制又は出来高払制その他の請負制によって定められている場合、平均賃金の算定期間中に欠勤・休日日数が多いときは、その平均賃金も低額となってしまうため、平均賃金の最低保障額が規定されています(第12条第1項ただし書)。
※ 初めに、最低保障の全体像の図を掲載しておきます。この図を覚えれば、最低保障については試験対策はほぼ終了です。
(一)賃金が、日、時間、出来高払制その他の請負制によって定められた場合 = 日給制、時間給制又は出来高払制等の場合(第12条第1項第1号)
◆賃金が、日、時間、出来高払制その他の請負制によって定められた場合(即ち、日給制、時間給制又は出来高払制その他の請負制の場合)には、
「賃金の総額」を「その期間中に労働した日数」で除した金額の「100分の60」〔=前掲の図の(一))が最低保障額となります(即ち、この額と既述の「原則的な算定方法により算定した額」(こちら以下)との高い方が平均賃金となります)。(第12条第1項第1号)
※ 分母が「労働日数」に代わる点と、60%を乗ずる点に注意です。
(この60%については、通常の場合、稼働状況の最も悪い事業においても、1箇月のうち18日は働く(18÷30=0.6)という労基法制定当時の状況を根拠にしたものとされます。)
なお、最低保障の制度は、他の労働法や社会保険法でも定められていることがあり、各法ごとにしっかり記憶しませんと、混乱のもとです。
例えば、雇用保険法における賃金日額の最低保障額では、本件の(一)にあたるケースにおぃて、100分の70を乗じます(雇用保険法のこちらの図の(一)の部分)。
本件の平均賃金の日給制等における最低保障額は、「『労』基法ゆえ、『ろく』」とでも覚えておきます。
※ 前提として、賃金形態(賃金支払形態。基本給がどのような計算単位で定められるかの問題)について言及しておきます。
日給制、時間給制とは、労働した日又は時間によって賃金を算定して支払う制度のことです。
請負制とは、一定の労働の成果ないし出来高に応じて賃金を算定して支払う制度のことです(民法上の請負契約のことではありません)。
出来高払制は、この請負制の一種であり例示となります(この出来高払制その他の請負制については、第27条の出来高払制の保障給の個所(こちら)もご参照下さい)。
月給制とは、月を単位として賃金を算定して支払う制度のことです。
完全月給制の場合は、月給を例えば月20万円と定めたときは、その月の所定労働日数にかかわらず、毎月20万円の賃金が支払われることとなります。
他方、日給月給制の場合は、月を単位として賃金を算定して支払う点では、完全月給制と同様ですが、遅刻、早退、欠勤等により所定の労働をしなかった場合には、かかる月の賃金の中から労働しなかった部分に応じて一定額を差し引いて残額を支払う制度です。
つまり、月給制を前提としつつ、労働しなかった分はカットする制度です。
なお、この日給月給制の場合は、上記の第12条第1項ただし書各号(前掲(こちら)の図の〔2〕の(一)及び(二))の日給制等に係る最低保障は適用されないと解されています(【昭和27.5.10基収第6054号】参考)。
日給月給制は、月を単位とした賃金形態である点であくまで月給制の一種であり(労働しなかった分が賃金カットされるにすぎません)、文言上、第12条第1項ただし書の各号にあたらないとされます。
ただ、日給月給制の場合にも、欠勤が多い場合に平均賃金が低下するという問題がある点では、第12条第1項ただし書の日給制等の場合と異ならないため、同条第8項に基づき、特別に最低保障額の算定方法が定められています。試験対策上は、その内容までは不要といえます。
◯過去問:
・【平成19年問3A】
設問:
平均賃金は、原則として、これを算定すべき事由の発生した日以前3か月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除して算定するものとされているが、賃金がいわゆるパートタイマーに多くみられるように労働した時間によって算定される場合には、その金額は、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の100分の60を下回ってはならないこととされている。
解答:
正しいです(第12条第1項第1号)。
パートタイマーの賃金が労働した時間によって算定される場合とは、第12条第1項第1号の時給制にあたるケースです。
(二)賃金の一部が、月、週その他一定の期間によって定められた場合 = 賃金の一部が、月給制、週給制等の場合(第12条第1項第2号)
◆賃金の一部が、月、週その他一定の期間によって定められた場合(即ち、賃金の一部が、月給制、週給制等の場合)には、「その部分の総額」を「その期間の総日数」で除した金額と「上記(こちら)の(一)の金額」の合算額が最低保障額となります(即ち、この合算額と既述の原則的な算定方法により算定した額(こちら以下)との高い方が平均賃金となります)。(第12条第1項第2号)
例えば、月給制、週給制等による賃金(原則的な算定方法による場合です)と上記(一)(こちら)の日給制・時間給制等による賃金が併給されているケースです。
月給制のサラリーマンが、残業代は時間給制によっているような場合です。
以上で、最低保障について終わり、以下、その他の例外的な算定方法を見ます。
二 雇入後3箇月未満の者の平均賃金(第12条第6項)
◆雇入後3箇月未満の者については、平均賃金の算定期間(算定事由発生日以前3箇月間。賃金締切日がある場合は、直前の賃金締切日から起算します)は、雇入後の期間とします(第12条第6項)。
○趣旨
雇入後3箇月未満の者については、原則的な算定方法である3箇月の算定期間では算定できないことから、雇入後の期間の総日数とその期間中の賃金総額を基礎として算定するものです。
(一)この雇入後3箇月未満の者に係る算定の場合においても、賃金締切日があるときは、直前の賃金締切日から起算します(第12条第2項)(【昭和23.4.22基収第1065号】)。
【過去問 平成14年問3B(こちら)】
・雇入後3箇月未満の者に係る算定の場合においても、賃金締切日がある場合の平均賃金算定の簡易化という第12条第2項の趣旨があてはまるからです。
ただし、このように直前の賃金締切日から算定しますと、いまだ一賃金算定期間(1箇月を下らない期間)に満たなくなる場合には、算定事由発生日から起算するとされます(第12条第8項(こちら)の「平均賃金が算定できない場合」の問題とされています。【昭和27.4.21基収第1371号】参考)。
(賃金締切日から起算しますと算定期間が短くなり過ぎる場合には、不当な平均賃金の額が算定されうるため、算定期間を長くしようとしたものとなります。)
(二)定年退職後継続して再雇用され、再雇用後3箇月に満たない場合の平均賃金については、「当該労働者の勤務の実態に即し、実質的に判断することとし、形式的には定年の前後によって別個の契約が存在しているが、定年退職後も引続いて嘱託として同一業務に再雇用される場合には、実質的には一つの継続した労働関係であると考えられるので・・・〔中略〕・・・算定事由発生日以前3カ月を算定期間として平均賃金を算定する」とされます(【昭和45.1.22基収第4464号】参考)。
即ち、定年後の継続雇用において再雇用後3箇月未満で算定事由が発生した場合に、第12条第6項をそのまま適用して再雇用後の期間のみを算定期間としては、再雇用後は通常賃金が低下することや労働日も減少すること等もあって、平均賃金が著しく低下するおそれがあります。
そこで、労働者保護の見地から、定年退職の前後の雇用期間は実質的には一連の労働関係であると評価して、退職前の期間も通算するという修正を図ったものと考えられます。
(三)また、新設会社に転籍(移籍出向)したところ、転籍後3箇月未満で算定事由が発生した場合について、労働関係が実質的に継続していると認められるとして、旧会社における期間を通算した3箇月間について平均賃金を算定するとした通達もあります(【昭和27.4.21基収第194号】参考)。
◯過去問:
・【平成14年問3B】
設問:
平均賃金は、原則としてこれを算定すべき事由の発生した日以前3か月間にその労働者に対して支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除して算定するものとされており、その期間は、賃金締切日がある場合においては直前の賃金締切日から起算することとされているが、雇入後3か月未満の労働者の平均賃金を算定する場合には、原則的な計算期間の3か月に満たない短期間であるので、賃金締切日の有無にかかわらずすべて算定事由発生日以前雇入後の全期間について計算することとされている。
解答:
誤りです(【昭和23.4.22基収第1065号】)。
本問の場合にも、原則として、直前の賃金締切日から起算します(第12条第2項。詳細は、こちらです)。
三 日々雇い入れられる者の平均賃金(第12条第7項)
◆日日雇い入れられる者については、その従事する事業又は職業について、厚生労働大臣の定める金額を平均賃金とします(第12条第7項)。
○趣旨
日々雇い入れられる者(=1日の契約期間で雇い入れられ、その日限りで当該労働契約が終了する労働者のことです(【昭和29.9.15基収第4025号】参考))については、かかる労働者の稼働にムラがあるばかりでなく、通常、日によって就業する事業場を異にし、従って賃金額も変動することが多いです。
そこで、一般常用労働者の平均賃金と同一に取り扱うことは妥当でないことから、厚生労働大臣が全国的な基準により平均賃金を定めることとしたものです。
この日々雇い入れられる者の平均賃金は、原則として、一稼働日当たりの賃金額に100分の73を乗じて得た額とされています(【昭和38.10.11労働省告示第52号】=「日雇労働者の平均賃金を定める告示」/最終改正【平成12.1.31労働省告示第2号】参考)。
※ この告示の具体的内容は細かいため、試験対策上は不要でしょう。厚生労働大臣が定めるという点と念のため上記の73%という数字だけ、覚えておくことにします。
この73%とは、日雇労働者の稼働率です(1箇月(30日)に22日労働するというものです)。
※【ゴロ合わせ】
・「日雇の平均賃金は、苦労で波がある」
(日雇労働者は苦労が多く、平均賃金にも波があります。)
→「日雇の、平均賃金は、苦労で(=「厚労」大臣)、波(=「73」%)がある」
四 その他、平均賃金を算定できない場合(第12条第8項)
(一)以上の第12条第1項から第6項までの規定による算定方法によっては平均賃金を算定できない場合は、厚生労働大臣が定めます(第12条第8項)。
【条文】
第12条
〔第7項までは、省略(全文は、こちらです)。〕
8.第1項乃至第6項によつて算定し得ない場合の平均賃金は、厚生労働大臣の定めるところによる。 |
※ なお、上記第8項の「第1項乃至第6項によって算定し得ない場合」とは、文字通り、算定が不可能な場合だけでなく、算定が著しく不適当な場合も含むものと解されます(算定が著しく不適当な場合には、合理的な平均賃金の算定のため、それを修正する必要がありますし、本条第8項は、基本的な算定方法により平均賃金を算定することが不可能な場合のみに適用を厳格に制限する趣旨とまでは読み取らなくてよいのでしょう)。
(二)具体的には、施行規則第3条(試用期間中に算定事由が発生した場合)、施行規則第4条(控除期間が3箇月以上にわたる場合及び雇入れ日に算定事由が発生した場合)及び【昭和24.4.11労働省告示第5号】(以下、「昭和24年労働省告示第5号」といいます。最終改正【平成12.12.25労働省告示第120号】)が定めています。
施行規則第4条及び「昭和24年労働省告示第5号」において、労基法第12条第1項ないし第6項によって算定し得ない場合の平均賃金については、基本的には、都道府県労働局長が定め、都道府県労働局長が算定できないと認めた場合には、厚生労働省労働基準局長が定めることとされています。
以下、これらについて若干みてみます(「昭和24年労働省告示第5号」は、内容が詳細であり試験対策上は細かく把握する必要はないでしょう)。基本的には、以下の太字部分を押さえれば足りると思われます。
1 試用期間中に算定事由が発生した場合(施行規則第3条)
◆試みの使用期間中に算定事由が発生した場合は、当該試用期間中の日数及び賃金により算定します(施行規則第3条)。
【施行規則】
施行規則第3条 試の使用期間中に平均賃金を算定すべき事由が発生した場合においては、法第12条第3項の規定にかかわらず、その期間中の日数及びその期間中の賃金は、同条第1項及び第2項の期間並びに賃金の総額に算入する。 |
○趣旨
試用期間中の日数及び賃金は、平均賃金の算定基礎から控除することとなっており(第12条第3項第5号。こちら)、従って、試用期間中に算定事由が発生した場合は、同条第1項から第6項までの規定によって平均賃金を算定することができないため、これらを控除しないことに修正したものです。
2 施行規則第4条の場合
◆施行規則第4条では、次の(1)と(2)における平均賃金について、都道府県労働局長が定めるものとされています。
(1)控除期間(日数及び賃金総額の両者から控除される期間。試用期間は除きます)が(平均賃金の算定事由発生日以前)3箇月以上にわたる場合
なお、使用者の帰責事由によらない休業(例:業務外の傷病(私傷病)による休業、組合専従による休業など)が(平均賃金の算定事由発生日以前)3箇月以上にわたる場合も同様に取り扱われます(「昭和24年労働省告示第5号」第1条)。
※ この(1)は、結局、休業期間が(平均賃金の算定事由発生日以前)3箇月以上にわたる場合となります。
(2)雇入れ日に算定事由が発生した場合
【施行規則】
施行規則第4条 法第12条第3項第1号から第4号までの期間〔=日数及び賃金総額の両者から控除されるものです。試用期間は除きます〕が平均賃金を算定すべき事由の発生した日以前3箇月以上にわたる場合又は雇入れの日に平均賃金を算定すべき事由の発生した場合の平均賃金は、都道府県労働局長の定めるところによる。 |
○趣旨
(ア)上記2の(1)(こちら)の「控除期間が3箇月以上にわたる場合」については、算定基礎となる日数及び賃金総額がなくなり、原則的な算定方法では算定できなくなるため、都道府県労働局長が定めることとしたものです(具体的には、原則として、控除期間の最初の日を算定事由発生日とみなして算定することとしています)。
(イ)なお、使用者の帰責事由によらない休業期間(例えば、私傷病による休業期間)が3箇月以上にわたる場合も、上記(ア)と問題状況は類似しますから、「昭和24年労働省告示第5号」第1条により、都道府県労働局長が定めることとされ、具体的には、上記2の(1)の「控除期間が3箇月以上にわたる場合」の決定基準を準用することとなっています(【昭和24.4.11基発第421号】参考)。
例えば、業務外の傷病(私傷病)による休業期間や組合専従による休業期間などが3箇月以上にわたる場合です。
なお、算定期間中の「一部」に組合専従のための休業期間がある場合には、その期間中の日数及び賃金を控除して算定することは、こちらで既述しました。
対して、本件は、算定対象期間中の「全部」が組合専従による休業期間のケースです。下の3でも言及します。
※ 以上より、結局、「休業期間が3箇月以上にわたる場合(算定期間全部が休業の場合)」は、都道府県労働局長が定めることになります。
(ウ)上記2の(2)(こちら)の「雇入れ日に算定事由が発生した場合」は、算定期間がなく、平均賃金を算定できないため、都道府県労働局長が定めることとしています(具体的には、当該労働者に対して一定額の賃金が予め定められている場合は、その額により推算し、そうでない場合は、その日に当該事業場で同一業務に従事した労働者の一人平均の賃金額により推算して、都道府県労働局長が定めるとされます。【昭和22.9.13発基第17号】参考)。
3 その他、都道府県労働局長が算定できないと認めたとき
◆その他、都道府県労働局長が算定できないと認めたときは、厚生労働省労働基準局長が定めます(「昭和24年労働省告示第5号」第2条)。
※ この具体的ケースは多数あり、試験対策上は不要でしょう。
ただし、以下には少し注意して下さい。
(1)算定期間中に、争議行為による休業期間等がある場合
算定期間中に、争議行為による休業期間がある場合、組合専従期間がある場合(上記のケースと異なり、休業期間の「一部」に争議行為による休業があるケースです)、育児介護休業法第2条第1号(労働一般のパスワード)に規定する育児休業以外の育児休業期間がある場合は、こちら以下ですでに学習しましたように、これらの期間は算定基礎の日数及び賃金総額から控除されますが、これも本件3の「昭和24年労働省告示第5号」第2条に基づくものです。
(2)じん肺にかかった労働者に関する平均賃金の算定について
じん肺法第4条第2項の健康管理の区分が管理4(じん肺による著しい肺機能の障害があると認められるもの等)と決定され、又は合併症にかかっていると認められた労働者に対する災害補償等に係る平均賃金については、「診断によって疾病の発生が確定した日」を算定事由発生日として算定した金額が、
当該労働者がじん肺にかかったため「作業の転換をした日」(=つまり、粉じん作業以外の作業に従事することとなった日です)を算定事由発生日として算定した金額に満たない場合には、都道府県労働局長が、作業転換日を算定事由発生日として算定した金額をその平均賃金とするとされています(【昭和39.11.25基発第1305号】参考)。
疾病に係る算定事由発生日は、本来は、「診断によって疾病の発生が確定した日」となるのですが、この時点では、すでにじん肺の影響により十分に労働ができない等によって賃金が低下している場合があるため、作業転換前の期間を算定期間とした平均賃金といずれか高い方の額を平均賃金とするという趣旨です。
労災保険法の給付基礎日額(労災保険法のこちら)においても同様の取扱いがなされます。
(3)労働者が離職後業務上疾病にかかった場合
【令和6年度試験 改正事項】
労働者が離職後業務上疾病にかかった場合の災害補償に係る平均賃金の算定について、令和5年12月に通達が改正されたため、以下ご紹介します(労災保険の保険給付(現金給付)の額の算定基礎として用いられる給付基礎日額は、原則として、平均賃金を利用するため(労災保険法のこちら以下)、平均賃金の問題は労災保険の保険給付の額においても重要となります)。
①労働者が業務上疾病の診断確定日に、既にその疾病の発生のおそれのある作業に従事した事業場を離職している場合の災害補償に係る平均賃金の算定については、当該労働者がその疾病の発生のおそれのある作業に従事した最後の事業場(以下「最終事業場」といいます)を離職した日(賃金の締切日がある場合は直前の賃金締切日をいいます)以前3か月間に支払われた賃金により算定した金額を基礎とし、算定事由発生日(診断によって疾病発生が確定した日をいいます。以下同じです)までの賃金水準の上昇を考慮して当該労働者の平均賃金を算定することとされています(【昭和50.9.23基発第556号】。「業務上疾病にかかった労働者に係る平均賃金の算定について」(以下「第556号通達」といいます)。
②この場合において、労働者が最終事業場を離職した日以前3か月間に支払われた賃金額(以下、「離職時の支払賃金額」といいます)が不明な場合については、算定事由発生日を起算日とし、算定事由発生日に最終事業場で業務に従事した同種労働者の1人平均の賃金額により推算するなどの所定の方法により推算した金額を基礎として平均賃金を算定するものとされます(【昭和51.2.14基発第193号】。「業務上疾病にかかった労働者の離職時の賃金額が不明な場合の平均賃金の算定について」(以下、「第193号通達」といいます)。
③ただし、労働者が最終事業場を離職しており、賃金台帳等使用者による支払賃金額の記録を確認することができない事案において、当該労働者の賃金額を証明する資料として提出された資料から、当該労働者が最終事業場を離職した日以前3か月間の標準報酬月額(以下「離職時の標準報酬月額」といいます)が明らかである場合には、当該離職時の標準報酬月額を基礎とし、算定事由発生日までの賃金水準の上昇を考慮して平均賃金を算定して差し支えないとされます(【平成22.4.12基監0412第1号】。「業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準報酬月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について」(以下、「0412第1号通達」といいます)。
この③について、従来、「離職時の標準報酬月額」を確認する資料として、厚生年金保険の標準報酬月額に関する資料(被保険者記録照会回答票又はねんきん定期便)のみが記載され、健康保険の標準報酬月額に関する資料(健康保険資格証明書)が記載されていませんでした。
しかし、厚生年金保険と健康保険の標準報酬月額の等級区分は異なり、同じ報酬月額であっても両者の標準報酬月額は異なります(例えば、報酬月額が135万5千円以上の被保険者の場合、厚生年金保険の標準報酬月額は最高等級の第32級として65万円ですが、健康保険の標準報酬月額は最高等級の第50級として139万円となります。厚年法のこちらの表の最下部の健康保険第50級の箇所を参考です)。
即ち、厚生年金保険においては、標準報酬月額について高い上限を設定しますと、保険給付の支給額が過剰となること(かつ、保険料額が高くなります)、他方、あまり低い下限を設定しますと、保険給付の支給額が不当に低額となること(対して、健康保険の場合は、保険給付の支給額に標準報酬月額が直接影響する場合は傷病手当金と出産手当金のみです)から、 厚生年金保険のほうが健康保険と比較して、標準報酬月額の等級区分の範囲を狭くし、最高等級の標準報酬月額を低く設定していることによります。
そのため、厚生年金保険の標準報酬月額の最高等級を適用されている労働者については、健康保険の標準報酬月額が厚生年金保険の標準報酬月額を上回っている場合があります。
そこで、厚生年金保険の標準報酬月額が最高等級を適用されている労働者については、健康保険の標準報酬月額についても調査し、どちらの標準報酬月額を用いて平均賃金を算定するのが相当であるかについて検討する必要が生じます。
このような観点から、行政不服審査会からの答申を受けて取り消しの裁決が行われた事案が発生したため(【令和5.7.28令和5年度答申第21号】)、上記③の「0412第1号通達」が次のように改正されました(【令和5.12.22基監発1222第1号】)。
要するに、賃金台帳等使用者による支払賃金額の記録が確認できない事案において、当該労働者の厚生年金保険の標準報酬月額が明らかであったため、これを用いて平均賃金を算定したところ、当該労働者の健康保険の標準報酬月額もまた明らかであり、これが離職時の賃金額に近似していると考えられる場合には、健康保険の標準報酬月額を用いて平均賃金の算定を行うべきであるというものです。
・【平成22.4.12基監発0412第1号】。最終改正【令和5.12.22基監発1222第1号】
〔引用開始。〕
平均賃金の算定の対象となる労働者等(以下「算定対象労働者等」という。)が、賃金額を証明する資料として、任意に、厚生年金保険又は健康保険の標準報酬月額が明らかになる資料を提出しており、当該資料から、労働者が業務上疾病の発生のおそれのある作業に従事した最後の事業場を離職した日(賃金の締切日がある場合は直前の賃金締切日をいう。)以前3か月間(以下「離職した日以前3か月間」という。)の標準報酬月額が明らかである場合は、当該標準報酬月額を基礎として、平均賃金を算定して差し支えないこと。
なお、関係資料から労働者の標準報酬月額等が明らかな場合であっても、当該資料から、労働者の支払賃金額もまた明らかとなる場合には、支払賃金額を基礎として平均賃金を算定すべきであることに留意すること。
〔以下、省略。引用終了。〕
以下、平均賃金に関する事例の過去問を見ておきます。
〇過去問:
・【令和元年問1】
次に示す条件で賃金を支払われてきた労働者について7月20日に、労働基準法第12条に定める平均賃金を算定すべき事由が発生した場合、その平均賃金の計算に関する記述のうち、正しいものはどれか。
【条件】
賃金の構成:基本給、通勤手当、職務手当及び時間外手当
賃金の締切日:基本給、通勤手当及び職務手当については、毎月25日
時間外手当については、毎月15日
賃金の支払日:賃金締切日の月末
〔以下、各肢ごとに見ていきます。〕
A 3月26日から6月25日までを計算期間とする基本給、通勤手当及び職務手当の総額をその期間の暦日数92で除した金額と4月16日から7月15日までを計算期間とする時間外手当の総額をその期間の暦日数91で除した金額を加えた金額が平均賃金になる。
解答:
正しいです。
本問は、平均賃金の算定に関する出題です。
平均賃金の計算式は、次の図の通りです。まず、この図を思い浮かべて下さい。さらに、こちらの図も連想します。これらの基本的知識をベースに、本肢を検討します。
1 算定事由発生日
まず、「算定事由発生日」ですが、本問のように「賃金締切日」がある場合は、算定事由発生日の直前の「賃金締切日」から起算し(第12条第2項。こちら)、「算定事由発生日の直前の賃金締切日以前3箇月間」の「日数」と当該期間に支払われた「賃金総額」から平均賃金を算定します。
2 賃金ごとに賃金締切日が異なる場合
また、本問(こちら) では、賃金の構成(項目)ごとに賃金締切日が異なりますが、この場合は、それぞれの賃金ごとの賃金締切日により算定します(【昭和26.12.27基収第5926号】参考)。この点は、【平成27年問2E(こちら)】で出題されています(本文は、こちら)。
ちなみに、通勤手当は賃金に該当します(こちら。肢Cの解説でも触れます)。
職務手当や時間外手当も、労働に対する対価ですから「労働の対償」に該当し、賃金に当たります(時間外手当については、肢Eの解説で詳述します)。
(ⅰ)本問(こちら) では、「基本給、通勤手当及び職務手当」については、賃金締切日が毎月25日ですから、算定事由発生日(7月20日)の直前の賃金締切日である「6月25日」以前の3箇月間を基礎とします。
従って、起算点(6月25日の初日算入です)に応答する日である3月25日の翌日(3月26日)が満了点となります(民法第143条第2項(労基法のパスワード)の類推適用)。
このように遡る場合は、満了点は、「起算日に応答する日の『前日』〔の終了〕」ではなく、「起算日に応答する日の『翌日』〔の開始〕」となります。
確認のためには、本問で逆に3月26日から起算して3箇月間を計算するとよいです。3月26日に応答する日(6月26日)の前日の終了(6月25日)が満了点となり、賃金締切日の6月25日と整合します。
そこで、本問の基本給等についての平均賃金の算定期間は3月26日から6月25日までであり、その間の暦日数は92日です(端数のない4月(30日間)と5月(31日間)の暦日数を数えて、残りは端数のある3月分(6日間)と6月分(25日分)を合計します)。
(ⅱ)一方、「時間外手当」については、毎月15日が賃金締切日ですから、算定事由発生日(7月20日)の直前の賃金締切日である「7月15日」以前の3箇月間を基礎とします。
そこで、起算点(7月15日の初日算入です)に応答する日である4月15日の翌日(4月16日)が満了点となります。
そこで、平均賃金の算定期間は4月16日から7月15日であり、その間の暦日数は91日です。
なお、「時間外手当」が、平均賃金の算定基礎の「賃金の総額」から控除される「臨時に支払われた賃金」(こちら) には該当しないかどうかについては、肢Eの解説で触れます。
以上より、(ⅰ)と(ⅱ)のそれぞれについて、平均賃金を計算し、それを合算した額が全体の平均賃金となります。従って、本肢は正しいです。
続いて、肢Bです。
B 4月、5月及び6月に支払われた賃金の総額をその計算期間の暦日数92で除した金額が平均賃金になる。
解答:
誤りです。
前肢Aの解説の2(こちら以下)のように、本問(こちら) では、賃金ごとに賃金締切日が異なる場合であり、賃金ごとに平均賃金の算定期間も異なります。
C 3月26日から6月25日までを計算期間とする基本給及び職務手当の総額をその期間の暦日数92で除した金額と4月16日から7月15日までを計算期間とする時間外手当の総額をその期間の暦日数91で除した金額を加えた金額が平均賃金になる。
解答:
誤りです。
本肢(こちらも参考)では、「通勤手当」を平均賃金の算定基礎である「賃金」の総額から除外しており、かかる措置が妥当なのかが論点です。
この点、通勤手当は、一般に、就業規則等により予め支給条件が明確化されており、使用者がその支払義務を負うものは、「労働の対償」として賃金にあたると解されているといえます(こちら)。
本問の場合、賃金の構成、賃金締切日、賃金の支払日が明らかになっており、この「条件で賃金を支払われてきた」のですから、支給条件は明確化されており、使用者が支払義務を負うものと解してよいのでしょう。
従って、本問の通勤手当は、平均賃金の算定基礎である「賃金」の日数に含まれることを特段問題とする必要はないといえます。本文は、こちら以下です。
D 通勤手当を除いて、4月、5月及び6月に支払われた賃金の総額をその計算期間の暦日数92で除した金額が平均賃金になる。
解答:
誤りです。
本肢は、通勤手当を除外していること、また、賃金ごとに賃金締切日が異なることを考慮していないことが誤りです。
E 時間外手当を除いて、4月、5月及び6月に支払われた賃金の総額をその計算期間の暦日数92で除した金額が平均賃金になる。
解答:
誤りです。
本肢は、時間外手当を除外していること、また、賃金ごとに賃金締切日が異なることを考慮していないことが誤りです。
時間外手当は、次のような理由から、「労働の対償」となります(第11条)。
まず、時間外手当は、労働との対応関係が直接的であるという点で、労働との対応関係が間接的といえる「通勤手当」よりは、「賃金」性が明確です。
また、時間外手当は、平均賃金の算定基礎である「賃金」の総額から控除される「臨時に支払われた賃金」(第12条第4項。こちら) にも該当しないと解されています。
即ち、「臨時に支払われた」とは、「臨時的、突発的事由にもとづいて支払われたもの及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、且つ非常に稀に発生するもの」のこととされます(【昭和22.9.13基発第17号】。こちら以下)。
しかし、時間外手当は、基本的に法令により支給条件が規律されているものであり、かつ、非常に稀に発生するものとは言い難いからです。
実際上も、例えば、時間外労働が続いたため過労で倒れたような場合に、とりわけ労災保険の給付基礎日額に時間外手当が反映されないというのは、被災労働者に酷であるといえるでしょう(なお、給付基礎日額とは、労災保険の現金給付の額の算定基礎となる額のことであり、原則として、労基法の平均賃金に相当する額となります。詳しくは、労災保険法のこちら以下で見ます)。