【令和6年度版】
第3節 労使協定等
※ 労働関係を規律する重要な制度として労使協定があり、ここで概要を説明致します。
初学者の方も、労使協定の一覧表(後述)の中の個々の制度の詳しい理解については後回しにして頂きますが、労使協定の意義、効果及び種類の概観については、重要ですので、早めに押さえておいて下さい。
一 意義、要件
◆労使協定とは、「当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者」(以下、これを当サイトでは「過半数労働組合等」といいます)と使用者との間で締結される書面による協定をいいます(第18条第2項、第36条第1項(労基法のパスワード)等参考)。
要件については、主体(使用者と労働者側当事者である過半数労働組合等)、客体(労使協定で定めるべき事項。有効期間の定めも含みます)及びその他(届出の要否など)が問題となります。
有効期間の定めと届出の要否についてはすぐ後で見ますが、その他は、それぞれの労使協定が登場するごとに見ていきます。
また、主体等に関する細かい知識は、36協定の個所(こちら以下)でまとめてご紹介します。
なお、労使協定は、労基法以外でも問題となりますが(※1)、ここでは労基法上の労使協定について見ます。
※1 例えば、育児介護休業法(以下、「育休法」といいます)で規定されています労使協定の締結による育児休業付与義務の適用除外(育休法第6条第1項ただし書(労働一般のパスワード))や介護休業付与義務の適用除外(同法第12条第2項)など、多数あります。
以下、先に効果(効力)から見ます。
二 効果
(一)労使協定は、使用者と当該事業場の労働者の多数派との合意によって、労基法(広くは強行法規ですが、上述の通り、ここでは労基法についてのみ言及します)が規制の対象としている行為について、労基法違反とならなくする効果があり、従って、労基法の規制を解除するものです。
いわば労基法の原則の規制を修正するものです(「原則 ➡ 例外」という関係です)。
即ち、労基法上、使用者による一定の行為等が規制されており、当該規制(違反)の効果として、次のようなものが問題となります。
・公法的側面(公法上の効果)= 罰則の適用、行政上の監督
・私法的側面(私法上の効果)= 第13条(こちら以下)による規範的効力等
労使協定の締結(36協定の場合は、さらに届出も必要です(後述))により、これらの労基法の規制が解除され、労基法違反とならなくなります。
このうち、一般に、罰則の適用を免れることを、免罰的効力(免罰的効果)といいます。
ただし、当サイトでは、より広く、労使協定により労基法違反とならなくする効果(労基法の規制を解除する効果)を免罰的効力ということが多いです(通達【昭和63.1.1基発第1号(こちら。労基法のパスワード)】も、同様の意味で「免罰効果」という表現を使用しています)。
具体的にみますと、例えば、第36条に基づき労使協定を締結した場合(36協定といいます。36協定の効力発生のためには届出も必要です)、使用者が当該労使協定の定めに従って時間外労働をさせても、第32条(法定労働時間)に違反しません。
従って、当該時間外労働については、罰則は適用されませんし、行政上の監督制度の対象にもなりません。
また、 第13条による規範的効力も生じません(よって、当該時間外労働を命じる根拠となる労働契約(に基づく業務命令)は無効となりません)。
(二)そして、労使協定の効力(免罰的効力)は、当該事業場の労働者全体に及ぶものと解されています(労使協定の中で適用対象者を限定した場合は別です)。
【過去問 平成25年問3E(36協定の個所(こちら)でご紹介します)】
※ この点で、労働協約の効果(規範的効力)は、締結組合の組合員にしか及ばないのが原則である点(こちら)と異なります。後に比較表(こちら)を掲載しておきます。
この労使協定の効力(免罰的効力)が当該事業場の労働者全体に及ぶ理由としては、労使協定は、「事業場」を単位として締結することとなっていますから(例えば、36協定の第36条第1項では、「当該事業場」の過半数労働組合等と使用者が書面による協定をする旨が規定されています)、当該協定の効果も当該事業場の労働者に及ぶと解することが自然であること、また、労使協定の場合は、労働協約のように特定の労働者のみに効力が及ぶことを想定した規定もないこと等が挙げられます(労働協約においては、締結組合の組合員以外にその規範的効力が及ぶ場合は、労組法第17条(労働一般のパスワード)及び第18条の一般的効力として特に規定されており、その反対解釈から、労働協約の規範的効力は、原則として締結組合の組合員に及ぶものと解されます)。
(三)ただし、注は、労使協定は免罰的効力(広義。労基法の規制を解除する効果)は有しますが、労使協定のみでは、原則として、労働者に対する拘束力(私法上の効果)は生じないと解されていることです。
即ち、労使協定のみでは、労働者と使用者との間の権利義務を設定する効果は生じず、労働者は当該労使協定の定めに従った労働をする義務を負いません。
つまり、使用者は、原則として、労使協定のみを根拠として、労働者に対して当該労使協定で定めた内容を強制することはできず、別に労働契約等(就業規則(労働契約法第7条等)や労働協約(労組法第16条)等により労働契約の内容が規律される場合を含みます)の正当な根拠が存在することが必要です。
なぜなら、労働協約に関する労組法第16条(こちら以下)や就業規則に関する労働契約法第12条(こちら以下)の規範的効力あるいは労働契約法第7条(こちら以下)等と異なり、労使協定については、労働者(労働契約)に対する直接の拘束力を認めた一般的規定がないこと、また、過半数労働組合等と使用者との協定によって当該事業場のすべての労働者に対して直ちに拘束力を生じさせることは、私的自治の原則を害しすぎること(過半数労働組合等に授権をしていない労働者にとっては、第三者たる過半数労働組合等と使用者との間で締結された協定により拘束されることとなります)などからです。
そこで、例えば、時間外・休日労働を労働者に行わせるためには、36協定を締結して、これを届け出ると共に、就業規則等において、「業務上の必要がある場合には労使協定に基づき時間外労働を命ずる場合がある」旨を定めておくことが必要となります(なお、就業規則においては、その内容(ないし変更)の合理性と周知を要件として、当該就業規則で定めた労働条件が労働契約の内容となるという効力(規範的効力)が認められていること(労働契約法第7条、第10条)については、すでに少し触れました。詳細は、就業規則のこちら以下で学習します)。
※ もっとも、労使協定にも直接の拘束力が認められている例外が1つあります。
第39条第6項(こちら以下)の「年次有給休暇の計画的付与に係る労使協定」です。
ここでは、当該労使協定を締結することにより、計画的付与に係る年休日について労働者の時季指定権と使用者の時季変更権は直ちに消滅すると解されています。
その理由として、次のようなことが考えられます。
(a)第39条第6項において、「前項〔=時季指定権、時季変更権〕の規定にかかわらず、その定めにより有給休暇を与えることができる」と規定されており、労使協定の締結により、直接、計画的付与に係る年休日について時季指定権・時季変更権の行使が排除されているものと解されること。
(b)計画的付与に係る労使協定の場合は、労基法の規制を解除する効果を持つ他の労使協定とは異なり、労使協定に直接的に拘束力を認めても、労働者に義務を課すようなものではなく(有給で休暇を可能とさせるものです)、年休を計画的に取得させることで労働者の保護に資するものであること(つまり、通常、労働者の不利益となるようなものではないこと)。
以上、労使協定の効果(効力)に関する問題でした。
三 種類
労使協定を締結できる場合は限定されており(労使協定は労基法の原則の規制を修正する例外的場合だからです)、労基法上は以下の通りです(前記のように、労基法以外の法においても、労使協定は登場しますが、ここでは、労基法における労使協定に限定しています)。
※ 初めに、ゴロ合わせから見ます。届出の要否と有効期間の定めの要否を考慮した順番で並んでいます。
【令和元年度試験 改正事項】
【労使協定のゴロ合わせ】
このゴロ合わせについて少し説明します(説明しても意味不明なゴロ合わせなのですが、とにかく覚えて下さい)。
◆「変な先妻は、地味で残業もチョイなので、年年年、賃金は一斉に増えませんと、わりーが抱いた」
(離婚した先妻は、地味で残業代もなく、給料も安かったです)
※ ポイント:
労使協定について、上記のゴロ合わせの図を参照しながら、ポイントを説明します(以下は、学習していない事項が多く、初学者の方には難しいですが、労基法全体を学習し終えてから、再度確認して下さい)。
主なポイントは、届出の要否、有効期間の定めの要否及び労使委員会(又は労働時間等設定改善(企業)委員会)の決議による労使協定の代替(協定代替決議)の可否です。
(一)届出について
1 届出が必要な労使協定
前掲の図(こちら)の⑧任意貯金までは、労使協定の届出が基本的に必要です。
ただし、④のフレックスタイム制と⑥の事業場外労働の場合は、特殊です。
【令和元年度試験 改正事項】
まず、④のフレックスタイム制については、清算期間が1箇月を超える労使協定に係るもののみ、届出(第32条の3第4項)及び後述の有効期間の定め(施行規則第12条の3第1項第4号)が必要です(フレックスタイム制のこちらの表を参照です)。
平成31年4月1日施行の改正(いわゆる「働き方改革関連法」。【平成30.7.6法律第71号】)の前は、フレックスタイム制の清算期間(実質的に法定労働時間に違反しないかを判断するための基礎となる期間)は「1箇月以内」に限定されており、同制度は労働者が始業及び終業の時刻を決定できるもの(労働者が1日の労働時間を決定できるもの)であるという労働者に有利な制度であることもあって、当該制度を採用する労使協定に係る届出や有効期間の定めは不要でした。
しかし、上記改正において、より柔軟な働き方を可能にさせる見地から、清算期間の上限が1箇月から3箇月に延長され、その反面、清算期間が1箇月を超える場合の過重労働(短期間に長時間労働が集中するといった弊害)の防止を図るため、清算期間が1箇月を超えるフレックスタイム制に係る労使協定の届出や有効期間の定め等が要求されたものです(詳細は、のちにこちら以下で学習します)。
なお、完全週休2日制の労働者についてフレックスタイム制を適用する場合は、労使協定により、清算期間における総労働時間の総枠を、当該清算期間における所定労働日数に8時間を乗じて得た時間数と定めることができます(この労使協定を締結するか否かは任意です。詳細は、のちにフレックスタイム制のこちらで学習します)。
次に、⑥(こちら)の事業場外労働は、事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、原則として、所定労働時間労働したものとみなされる制度です。
ただし、当該業務遂行のために通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合は、当該業務遂行に「通常必要とされる時間」を労働したものとみなされるところ、この「通常必要とされる時間」を労使協定によって定めることができます(即ち、この労使協定を締結するか否かは任意です)。
そして、この労使協定で定める時間が法定労働時間を超える場合のみ、届出が必要となります(つまり、届出は一定の場合のみ必要となります。詳細は、事業場外労働の個所(こちら以下)で学習します)。
以上、労使協定の届出の要否に関する特殊な2つでした。
2 届出が労使協定の効力発生要件であるもの
なお、労使協定の届出が労使協定の効力発生要件であるものは、⑦36協定と⑧任意貯金の2つだけです(条文の規定上、36協定及び任意貯金(貯蓄金管理協定)は、労使協定の届出が効力発生要件となっています)。(「注釈 労働基準法・労働契約法」第1巻36頁)
従って、その他の労使協定については、届出が要求されるものであって、その届出を行わない場合でも、労使協定自体は有効に効力が発生することとなります(後述の通り、届出義務の違反として、罰則の適用等はあります)。
【令和元年度試験 改正事項】
なお、企画業務型裁量労働制及び高度プロフェショナル制度は、労使協定ではなく、労使委員会の決議が必要となる特殊なものであり(下記)、この労使委員会の決議の届出が効力発生要件です。
3 届出と罰則の関係
前掲の図(こちら)の①から⑥(フレックスタイム制や事業場外労働については、届出が必要な場合に限ります)までは、届出をしないこと自体につき罰則の適用があります。
しかし、⑦36協定及び⑧任意貯金については、届出をしないと効力が生じないため、届出をしないこと自体については罰則は適用されません。
4 届出先
届出は、行政官庁に対して行わなければなりませんが(第18条第2項等)、具体的には、所轄労働基準監督署長(「当該事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長」のことです。施行規則第6条)に対して行います(施行規則第6条等の各規定において定めがあります)。
(二)有効期間の定めについて
1 有効期間の定めが必要な労使協定
【令和元年度試験 改正事項】
前掲の図(こちら)の⑦36協定までは、基本的に、労使協定に有効期間の定めが必要です。
ただし、③の1週間単位の変形労働時間制については不要であり、また、(前述しましたが)④のフレックスタイム制については、清算期間が1箇月を超える場合のみ、有効期間の定めが必要です(施行規則第12条の3第1項第4号)。
有効期間の定めを必要とする理由について、36協定の場合は、時間外・休日労働が臨時的性格を有すること、変形労働時間制やみなし労働時間制の場合は、協定で定めた労働時間数の妥当性が時とともに変化しやすいことから、一定の期間ごとの見直しが求められたものとされます(「注釈 労働基準法・労働契約法」第1巻38頁)。(1か月単位の変形労働時間制のこちら以下を参考です。)
2 労働協約との関係
労使協定は、労働協約の要件を満たす場合(即ち、(過半数)労働組合により締結され、労組法第14条(労働一般のパスワード)が定める労働協約の要件(当事者が署名又は記名押印をして書面で作成すること)を満たす場合)には、労働協約としての効力も生じます。
そして、労働協約の要件を満たす労使協定の場合は、労使協定としての有効期間の定めは必要ないとされています(施行規則第12条の2の2第1項かっこ書、第17条第1項第1号かっこ書等)。
なぜなら、労働協約について有効期間の規制がなされており(労組法第15条。こちら以下)、この規制でカバーできるからです(労働協約においては、有効期間を定める場合は3年が上限であり、また、有効期間の定めのない場合は、当事者の一方は、署名又は記名押印した文書によって90日前までに予告して解約できます)。
(三)労使委員会の決議(労働時間等設定改善(企業)委員会の決議も含みます)について
1 労使委員会等の決議による労使協定の代替 = 協定代替決議
(1)労使委員会の決議
◆労使委員会の決議は、原則として、労使協定に代えることができます(協定代替決議といいます)。(第38条の4第5項(企画業務型裁量労働制)、第41条の2第3項(高度プロフェッショナル制度)、労働時間等設定改善法第7条(労働一般のパスワード))
労使委員会とは、「賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会(使用者及び当該事業場の労働者を代表する者を構成員とするものに限る。)」のことです(第38条の4第1項)。
労使委員会は、企画業務型裁量労働制及び高度プロフェショナル制度を採用するために設置が必要です。
詳しくは、のちに「企画業務型裁量労働制」のこちら以下で詳しく見ますが、現段階ではリンク先をお読み頂く必要はありません。
しかし、⑧任意貯金と⑫賃金の一部控除の2つの労使協定は、労使委員会の決議によって代えることができません。
(労使委員会決議は、労働時間及び休暇に関する労使協定について代替できることとなります(水町「詳解労働法」第2版113頁、737頁(初版111頁、716頁)参考)。)
なお、労働時間等設定改善委員会の場合(次の(2)でやや詳しくみます)は、さらに⑩年休中の賃金も代えることができません(労働時間等設定改善委員会は、「労働時間、休日及び年次有給休暇その他の休暇」の設定に関する委員会であるため(労働時間等設定改善法第1条の2)、賃金に関しては関与しません)。
【令和元年度試験 改正事項】
(2)労働時間等設定改善(企業)委員会の決議
(ⅰ)労働時間等設定改善委員会
なお、労働時間等設定改善法において、事業場ごとに所定の要件に適合する委員会(労働時間等設定改善委員会)を設置し、当該委員の5分の4以上の多数による決議により、労基法で定める労使協定を代替できるという特例が定められています(同法第7条(労働一般のパスワード))。
上記の通り、労働時間等設定改善委員会の決議は、「⑧任意貯金、⑩年休中の賃金、及び⑫賃金の一部控除」以外の事項については、(労基法に係る)労使協定を代替することができます。
(ⅱ)労働時間等設定改善企業委員会
さらに、平成31年4月1日施行の改正(【平成30.7.6法律第71号】。働き方改革関連法)により、新たに、企業単位の労働時間等設定改善委員会(全部の事業場を通じて一の委員会であって所定の要件に適合するもの。労働時間等設定改善企業委員会といいます)を設定して、当該委員の5分の4以上の多数による決議により、労基法で定める一定の労使協定を代替できるという特例が定められました(同法第7条の2(労働一般のパスワード))。
この労働時間等設定改善企業委員会の決議により代替できる労使協定は、次の3つです。
(ⅰ)年休の計画的付与(第39条第6項)(前掲の図(こちら)の⑨)
(ⅱ)時間単位の年休付与(第39条第4項)(同図(こちら)の⑪)
(ⅲ)1箇月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金の代替休暇(第37条第3項)
(同図(こちら)の⑭)
要するに、休暇の制度のうち、普及が進んでいないものについて、企業全体で普及の取組みを促進させるという趣旨となります。
以上の労働時間等設定改善委員会の詳細については、労働一般のこちら以下の労働時間等設定改善法をご参照下さい。
2 届出の要否
以上の協定代替決議について届出が必要なものは、⑦36協定のみです(第38条の4第5項、労働時間等設定改善法第7条(労働一般のパスワード))。
【過去問 平成29年問4A(こちら)参考】
36協定以外の協定代替決議について届出が不要とされたのは、労使委員会等において、一定の要件の下で実情に通じている労使の調査審議を踏まえて決議がなされるため、その内容は十分に信頼に足りるものであるとして、届出を通じた行政指導の必要性はないと考えられたものとされます(「注釈」第1巻46頁参考)。
3 有効期間の定めの要否
協定代替決議の有効期間の定めの要否については、労使協定に有効期間の定めが必要な場合には、協定代替決議についても必要となります。
労使協定の一覧表を掲載しておきます。
労使協定と労働協約を比較しておきます。
以上で、労使協定については、いったん、終わります。あとは、個別の制度の個所で労使協定が登場する際に詳しく解説します。
次のページでは、労働条件の決定の基本原則であり、労基法の基本原則である第1条と第2条について学習します。