令和6年度版

 

第4節 労働契約の変更(展開)

労働契約の変更(展開)に関する問題は、大まかには、次の図のように整理できます。

 

※ 上記図のうち、 「労働契約等の変更」の〔2〕「就業規則の変更」については、「就業規則」の個所(こちら以下(労基法のパスワード))で学習します。

 

〔3〕「労働協約の変更」については、労働一般の労働組合法(こちら以下(労働一般のパスワード)の中で見ます。  

 

また、 の「企業の組織変更」については、社労士試験の労基法では直接的には出題対象となりにくいといえ、関係個所でその都度検討します。

 

の「人事」の一般的な問題については、労働一般で学習しますが(ただし、〔1〕「採用」等については、すでに学習しました(こちら以下)。また、〔7〕の「解雇」については、のちの「労働契約の終了」の個所(こちら以下で学習します)、以下では、〔2〕の「配置(配転)」、「出向」と〔6〕の「懲戒処分」について学習します。

 

 

 

第1款 配置(配転)、出向

§1 配転

まず、配転について学習します。

 

一 意義

配転とは、同一の使用者の下で、勤務場所や職務内容が相当長期にわたり変更されることをいいます(短期の変更である「出張」等とは区別されます)。

 

勤務場所の変更がいわゆる転勤であり、同一事業所内での勤務内容の変更がいわゆる配置転換です。

 

 

二 根拠

配転については、使用者が労働者の意思に反して一方的に配転を行うことができるのか(労働者の同意が必要ではないか)など、使用者の配転命令の法的根拠が問題となります。

 

この点、配転は、使用者にとって、有効な人材活用等のため重要であり、労働者にとっても、多数の職場・仕事の経験によってその能力を高められること、配転により雇用が維持されることといった利点はあります。

他方で、配転は、労働者に私生活上重大な不利益をもたらす場合があります。

従って、使用者の配転の必要性と労働者の保護との調整を図る必要があります。

 

かかる見地から、後述の東亜ペイント事件判決は(配転命令権の根拠について一般的に判示しているわけではありませんが)、まず、就業規則等に配転を命じる定めがある場合には、特に勤務地や職種を限定する合意があるようなときを除いて、労働者の個別的同意がなくても配転命令権が認められると解しているものといえます。

 

就業規則に労働契約を規律する効力が認められるためには、労働契約の締結又は変更の段階において、就業規則が合理的な労働条件を定めており(内容の合理性。変更の段階では、変更の合理性)、かつ、労働者に周知されていること(周知性)が必要です(労働契約法第7条(労基法のパスワード)第10条)。 

就業規則に配転がある旨が記載されている場合においては、上記のような配転の必要性から、一般的には、当該規定に合理性が認められるのでしょう。

 

なお、労働契約上、労働者が、明示ないし黙示的に配転について包括的に同意をしていると認められる場合もあります。

 

 

 

※ 配転命令権の根拠について:

 

ちなみに、使用者の配転命令権の根拠について、大まかには、①使用者には当然に配転命令権が認められるという考え方と、②配転命令権は労働契約上の合意の範囲内でのみ認められるという考え方がありえます。

 

この点、企業は、経営権(憲法第22条第1項第29条第1項参考)に基づき、一般的には、人事権を有するものと解され、実際は、指揮命令権・業務命令権として行使されます。

ただし、人事権・指揮命令権の行使によって、労働者は様々な影響を受けますから、具体的な人事権の有無、内容等については、労働契約(就業規則、労働者の黙示の承認等の労働契約を規律するものを含みます)により規律されるものと解されます(当該人事権の内容、労働者の受ける不利益の性質・程度等も考慮した労働契約の解釈により判断されることになるでしょう。以上は、こちらを参考です)。

配転については、労働者に対する影響が大きい以上(特に勤務場所が変更となる転勤については、住居の変更など労働者の私生活に対する影響が大きいことがあります)、配転命令権は労働契約上の根拠に基づいて認められるものと解されます。

具体的には、上記の通り、就業規則等に配転を命じる定めがあることが必要であり、当該定めがある場合は、原則として、労働者の個別的同意がなくても配転命令権が認められることとなります。

 

 

 

三 要件(配転の適法性の要件)

以上のように、配転が適法といえるためには、まず、就業規則等において、使用者の配転命令権が根拠づけられていることが必要です(これは、配転命令権の「発生」の問題と考えるとよいです。当該権利の根拠の存在の問題として「権限審査」の問題といわれることが多いですが)。

 

また、使用者が配転命令権を有する場合であっても、配転命令権の行使は適法であることが必要であり、例えば、配転命令権の行使の濫用(権利濫用)は認められません労働契約法第3条第4項第5項民法第1条第2項第3項)。

(これは、配転命令権の「行使」の適法性の問題と考えるとよいです。当該権利行使の濫用の問題として「濫用審査」といわれることが多いです。)

 

これについて、上記東亜ペイント事件判決は、配転命令権の行使について権利濫用にあたる場合の例として次の3点を挙げています。

 

(1)配転命令に業務上の必要性がない場合

 

→ ただし、「余人をもっては容易に代え難い」といった高度の必要性は要求されないとしています。

 

(2)配転命令が不当な動機・目的をもってなされた場合

 

(3)労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合等

 

以上のような特段の事情がある場合を除き、配転命令権を有する使用者の配転命令は権利濫用にならないとしています。

 

 

この東亜ペイント事件判決を見ておきます。選択式に出題されていませんので、太字部分には注意して下さい(と記載していましたが、後掲の通り、令和4年度の選択式で空欄2つが出題されました)。

 

 

【東亜ペイント事件=最判昭61.7.14】

 

(事案)

 

配転命令を拒否したため懲戒解雇処分に付されたケース。

神戸営業所に勤務し、高齢の母親(71歳)、保母をしている配偶者(28歳)、幼い子供(2歳)とともに堺市内に居住していた労働者が、名古屋営業所への転勤命令を発令されたところ、家族との別居を余儀なくされるなどの事情により転勤を拒否したために懲戒解雇された事案。

当該会社の就業規則及び労働協約には、「配転命令を下すことがあり、正当理由なしに拒絶できない」旨の規定が定められていた。また、当該労働者の労働契約成立時に勤務地を限定する旨の合意はなされていなかった。

 

 

(判旨)

 

「思うに、上告会社の労働協約及び就業規則には、上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり現に上告会社では、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行つており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかつたという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。

そして、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」 

 

 

【選択式 令和4年度 B=「他の不当な動機・目的をもつて」、C=「甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである」(こちら)】

 

 

(参考)

 

なお、東亜ペイント事件において、配転が権利濫用となる例として示されたもののうち、特に3番目の労働者の不利益の程度との関係では、同判決後、育児介護休業法において、同法第26条(労働一般のパスワード)が新設されていること(労働者の配置に関する配慮の規定。平成13年の改正により平成13年11月16日施行。労働一般のこちら)、また、同判決後、労働契約法が制定されており、同法第3条第3項が仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の配慮を要求していること(平成19年制定・平成20年3月1日施行。労働一般のこちら)等は考慮する必要があります。

これらの規定は、その内容の理念的性格や文言の抽象性などから、具体的な私法上の効果を直接発生させるものとまでは解されていませんが、配転命令等の権利濫用性を判断する場合に斟酌すべき重要な事情であるといえます。

 

 

【育児介護休業法】

第26条(労働者の配置に関する配慮)

事業主は、その雇用する労働者の配置の変更就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない

  

 

   

 

※ 職種・業務内容を限定する合意に反する配転の適法性:

令和7年度試験 最新判例】 

 

前掲の東亜ペイント事件判決(【最判昭61.7.14】)では、労働協約及び就業規則に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、労働契約上勤務地を限定する旨の合意がなかった事案において、個別的同意なしに転勤を命じることができる旨の判断がなされていました。

一方、次の滋賀県社会福祉協議会事件判決は、職種及び業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合において、異なる職種及び業務内容に配置転換を命令したケースです(判決の時期的に令和6年度の試験対象となるか微妙ですが、とても重要な判決のため、念のため掲載しておきます)。

 

 

【滋賀県社会福祉協議会事件=最判令和6.4.26】

 

(事案)

 

滋賀県福祉用具センターの指定管理者(地方自治法第244条の2に基づき公の施設の管理の包括的な委任を受けた者のこと)等である滋賀県社会福祉協議会において、福祉用具の改造及び製作並びに技術の開発に係る技術職として雇用され(正規雇用)、その職種及び業務内容を右技術職に限定する旨の合意があった労働者が、約18年勤務したのち、その同意なく総務課に配転する人事異動を内示されたため、当該配転命令を無効として損害賠償などを求めた事案。

なお、本事案では、職種や業務内容を限定する契約書等による明示的な合意はなかったが、黙示の合意が認定された。

 

原審(【大阪高判令和4.11.24】)は、本件事実関係等の下において、本件配転命令は配置転換命令権の濫用に当たらず、違法であるとはいえないと判断していた。

 

 

(判旨)

 

「労働者と使用者との間に当該労働者の職種業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。

上記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。

そうすると、被上告人が上告人に対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、被上告人が本件配転命令をする権限を有していたことを前提としてその濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」

 

 

(参考)

 

原審は、使用者が配転命令をする権限を有していることを前提として、本件の事案においてはその権限の濫用に当たらないと判断したものです。

配転命令権の濫用に該当しないと判断した背景には、福祉用具センターにおいて、福祉用具の改造業務の受注が減り、業務を廃止する方針だった一方、異動先である総務課では退職による欠員が生じていたといった事情があったようです。

 

しかし、最高裁は、そもそもこの事案では、使用者に職種・業務内容の限定の合意に反する配転を命令する権限がなかったと判断しています。

即ち、労使間で当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合は、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないとして、いわゆる「権限審査」の問題として処理したものです。 

職種・業務限定の合意がある場合には、当該合意に反して配転を命令する権限は発生(存在)しないと考えるのは、東亜ペイント事件判決に沿った理論構成であるといえます。

 

・ところで、職種・業務内容を限定する合意がある場合(いわゆるジョブ型雇用です)であっても、その後の事情の変化等(本事案のように、受注の減少により当該業務を廃止する必要が生じた等)によって職種等の限定を維持できなくなることもありえます。

そして、労働者の職種・業務内容等を限定していた場合に、就業規則の変更によって職種等の限定を解除するようなときは、就業規則の不利益変更となりますが、労働契約において就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については当該合意が優先されるため(原則。労働契約法第10条(労基法のパスワード)。のちにこちらで学習します)、就業規則の変更により合意されていた職種等の限定を変更することは難しいこととなります。

 

そこで、職種・業務内容を限定する合意がある場合であっても、当該合意と異なる職種・業務内容への配転を命ずる合理的な理由が存在する特段の事情が認められるときには、例外的に当該配転命令の権限を認めるといった構成を採用することもありえます(【東京海上日動火災保険事件=東京地判平成19.3.26】参考)。

 

ただ、労働者の予測可能性を保障し、紛争の発生防止等を図る見地からは、本来は、職種等を限定する労働契約において、将来の職種等の変更の可能性についても定めておくべきであるといえます(前述(こちらのように、令和6年4月1日施行の施行規則の改正により、労働条件の絶対的明示事項として、「就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲」が追加されました)。

そうしますと、職種・業務内容を限定する合意がある場合において、当該合意と異なる職種・業務内容への配転を命ずる権限が認められるのかどうかは、使用者にそのような権限が留保されているのかという当該労働契約の解釈の問題であると考えることができます(菅野「労働法」第13版683頁注3参考)。

 

本事案は、職種等を限定する明示的な合意はなく、黙示の合意が認定されたケースですが、将来の職種等の変更の可能性の留保等について認定できなかったと考えることが可能でしょう。

(なお、上記の令和6年4月1日施行の改正後は、「就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲」を明示していないような場合は、就業場所・業務の変更の可能性がないと認定されやすくなるかもしれません。)

 

・ちなみに、本件のような場面(就業規則法理で対応できない個別契約で特定された労働条件を変更する問題)について、いわゆる「変更解約告知」(使用者が労働条件の変更を申し入れ、労働者がこれに応じない場合は解雇する旨の意思表示)を認めることの有用性が主張されます(荒木「労働法」第5版461頁以下参考)。

ただし、その適法性や法律構成については争いがあります。

 

従来からの考え方では、本件において実際に福祉用具の改造等の業務を廃止する方針であったような場合は、当該業務に携わっていた上告人である本件労働者について整理解雇(経営上の理由による解雇)が可能なのかという問題が生じます。

整理解雇の要件(詳細はのちにこちらで見ます)については、一般に、解雇回避努力義務(解雇を行う前に、残業の削減、新規採用の停止、配転、出向など、他の手段によって解雇回避の努力をする信義則上の義務を尽くしたのか)など(4要件・4要素)が考慮されます。

本事案では、合意と異なる職種・業務内容への配転が認められないケースであり、配転については、労働者について配転を打診する等で足りるものといえ、その他の解雇回避の努力が問われることとなります(菅野「労働法」第13版762頁参考)。

 

 

以上で、配転について終わります。 

 

 

 

§2 出向

次に、出向について見ます。

  

出向の意義や種類については、すでに「使用者」の個所(こちら)で言及しましたが、若干、再述します。

 

一 意義

出向とは、出向先において新たな労働契約関係が成立する就労形態と解されます。

在籍出向在籍型出向)と転籍移籍出向)に分類されます。

 

二 在籍出向の場合

(一)根拠

 

在籍出向は、出向労働者が出向元及び出向先の双方との間に労働契約関係があるものをいうのが一般です。 

 

 

この在籍出向が認められる根拠が問題となります(なお、次の労働契約法第14条は、在籍出向について権利濫用法理を定めていますが、在籍出向が認められる根拠・要件までは規定していません)。

 

【労働契約法】

労働契約法第14条(出向)

使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。

 

なお、この労働契約法第14条の「出向」とは、在籍出向のことであり、転籍は含まれていないと解されています(【平成24.8.10基発第0810号第2号】参考)。

転籍の場合は、後述のように、当該労働者の個別的同意が必要と解されているため、権利濫用が問題となりにくいことによるといえます。

 

 

この点、在籍出向は、配転とは異なるような雇用関係の変動(労働提供の相手方や賃金支払者の変動、労働条件の変動・複雑化など)が生じるため、労働者の不利益が重大である場合が多いことを重視しますと、在籍出向が認められるためには、労働者の個別的同意があることが必要となります。

ただ、常に個別的同意を必要としては、在籍出向による企業の円滑・合理的な運営を阻害するおそれもあります(例えば、在籍出向は、解雇を回避するという雇用保障のためになされる場合もあります)。

そこで、このような労働者と使用者の利益の調整の見地から、出向命令権が認められるためには、就業規則等において、単に「業務上の必要により出向を命じることがある」といった包括的規定が存在するだけでは足りず(配転の場合は、かかる規定でも足りる点が異なります)、就業規則等において、在籍出向の「定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること」を必要とすべきといえます。

これが、現在の裁判例、多数説の方向とされています。

後述の最高裁判例も、基本的には同様の立場であると理解されているようです。

 

 

(参考)

 

なお、雇用契約に関する民法第625条第1項は、「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。」としており、出向は、この使用者の権利の譲渡にあたり、労働者の承諾が必要となるはずです。

ただ、民法上、この承諾とは個別的承諾でなくてもよく、事前の包括的承諾でもよいと解されています(そもそも、この民法第625条第1項を強行規定ではなく任意規定であると解する考え方も有力です)。

そして、労働法上は、就業規則や労働協約は、一定の要件の下で、労働契約の内容となる効力(規範的効力)が認められていますので(労働契約法第7条第10条労働組合法第16条)、これら就業規則等に前述の在籍出向の合理的な規定があるような場合には、在籍出向に係る労働契約上の根拠があるものと評価してよいのでしょう(特別法が一般法である民法(第625条第1項)より優先するという法律構成でよいのではないかと思います)。 

 

 

(二)要件(出向の適法性の要件)

 

以上のように在籍出向を命じるためには、就業規則等において出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていることが必要と解されます(出向命令権の発生の問題)。

 

また、使用者にこのような在籍出向を命じる権限があるといえる場合であっても、出向命令権の行使は適法であることが必要であり、例えば、出向命令権の行使の濫用権利濫用)は認められません(労働契約法第14条)。  

 

 

(三)効果

 

在籍出向の効果としては、出向労働者が出向元及び出向先の双方と労働契約関係が存在するということのほか、労基法等の適用関係が問題となります。これは、「使用者」の個所(こちら)で説明しました。 

 

 

 

次に、在籍型出向に関する判例を見ます(ただし、一般論を述べた部分が少ないので、あまり念入りに読む必要はなく、太字部分を追って下さい)。

 

 

【新日本製鐵(日鐵運輸第二)事件=最判平15.4.18】

 

(事案)

 

関連会社への出向(在籍出向)の延長を命じられた労働者(組合員)が出向命令の無効確認を求めた事案。

 

 

(判旨)

 

「原審の適法に確定した事実関係等によれば、(1)本件各出向命令は、被上告人〔=製鉄会社〕がD製鐵所の構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社である株式会社E運輸(以下「E運輸」という。)に業務委託することに伴い、委託される業務に従事していた上告人〔=出向の延長を命令され拒否した労働者〕らにいわゆる在籍出向を命ずるものであること、(2)上告人らの入社時及び本件各出向命令発令時の被上告人の就業規則には、「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務をさせることがある。」という規定があること、(3)上告人らに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること、という事情がある。」

 

以上のような事情の下においては、被上告人は、上告人らに対し、その個別的同意なしに、被上告人の従業員としての地位を維持しながら出向先であるE運輸においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。

 

 

在籍出向についての過去問です。

 

 

○過去問:

 

・【労働一般 平成23年問4D】

設問:

労働者に在籍出向を命じる場合において、使用者の当該命令は、当該労働者の個別の同意を得た上で、当該出向が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、権利を濫用したものと認められない態様で行われた場合のみ有効であるとされている。

  

解答:

誤りです。

上述のように、最高裁(【新日本製鐵(日鐵運輸第二)事件=最判平15.4.18】)は、在籍出向について、対象労働者の個別の同意は必要としていない立場です。

 

 

・【労働一般 平成28年問1ウ】

設問:

いわゆる在籍出向においては、就業規則に業務上の必要によって社外勤務をさせることがある旨の規定があり、さらに、労働協約に社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金その他の労働条件や処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられているという事情の下であっても、使用者は、当該労働者の個別的同意を得ることなしに出向命令を発令することができないとするのが、最高裁判所の判例である。

  

解答:

誤りです。

上述のように、【新日本製鐵(日鐵運輸第二)事件=最判平15.4.18】は、設問の事情の下では、使用者は、当該労働者の個別的同意を得ることなしに出向命令を発令することが「できる」としています。

 

 

以上で、在籍出向について終わります。

 

 

 

三 転籍の場合

(一)根拠・要件

 

転籍の根拠・要件としては、労働者の個別的同意必要と解するのが一般です。

転籍の場合、転籍元との労働契約関係が消滅しますから、復帰の可能性がなく、例えば、転籍先が倒産したような場合に転籍労働者の不利益は重大だからです(在籍出向より不利益が大きいのです)。 

 

 

(二)効果

 

転籍の場合は、転籍元との労働契約関係は消滅し、転籍先との労働契約関係のみ存在します。

 

以上で、出向について終わります。

 

次のページでは、懲戒処分について学習します。