【令和6年度版】
〔3〕解雇権濫用法理(労働契約法第16条)
◆解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされます(労働契約法第16条)。
これを解雇権濫用法理といいます。
【労働契約法】
労働契約法第16条(解雇) 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。 |
【選択式 労基法 平成18年度 A=「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」】
※ 解雇権濫用法理は、実務上は非常に重要であり、日本の長期雇用システムを法的に支える最も重要なルールです。
ただし、試験対策上は、従来、それほど細かい問題は出題されていません。
もっとも、平成27年度の択一式の【労働一般 問1D(こちら)】において、能力不足を理由とする解雇に関する裁判例の傾向について出題されました。白書等に掲載されている解雇に関する事項については、注意する必要があります。
なお、試験では、基本的には、労働一般の労働契約法として出題されることになりますが、労基法においても出題対象となりえます(ちなみに、前記の平成18年度の選択式の出題当時は、後述の通り、解雇権濫用法理は労基法で規定されていました)。
○趣旨
「期間の定めのない労働契約(雇用契約)」については、民法上は、各当事者は、いつでも解約の申入れができるため(解約の自由。2週間の予告期間は必要です。民法第627条第1項)、使用者による解雇も自由ということになります。
しかし、それでは労働者の生活の安定は著しく害されることに鑑み、労働契約法第16条は、合理性・相当性を欠く解雇権の行使を否定したものです。
このいわゆる解雇権濫用法理は、もともとは、判例が判示したものでした(昭和40年代には下級審裁判例の中でほぼ定着するようになったとされ、最高裁も【日本食塩製造事件=最判昭和50.4.25】において判例法理として確立させました。この最高裁判決については労働組合法(労働一般のこちら)で学習しますが、ユニオン・ショップ協定に関するものですので、さしあたりリンク先は読まないで結構です)。
その後、解雇権濫用法理は、平成15年の労働基準法の改正によって労働基準法の旧第18条の2として明文化され、さらに平成19年の労働契約法の制定に伴って労働契約法の第16条にそのまま移行されました。
なお、「期間の定めのある労働契約(雇用契約)」の場合は、やや注意です。
即ち、「期間の定めのある労働契約(雇用契約)」については、民法上、やむを得ない事由があるときに、各当事者は(直ちに)解除できるのが原則であり(当該事由が一方の過失によって生じたときは、損害賠償責任を負います。民法第628条)、期間満了前の中途解約(使用者の場合は解雇)は制限されています(そこで、期間の定めのない労働契約の場合のようには解雇権の行使の適法性の問題が深刻にはならなかったものといえます)。
そして、平成20年に施行されました労働契約法の第17条第1項において、期間の定めのある労働契約につき、使用者は、やむを得ない事由がある場合でなければ期間満了前に解雇できないことが強行規定として定められました(前述の民法第628条が強行規定なのか、争いもあったことなどからです)。
解雇権濫用法理(労働契約法第16条)は、形式的には、「期間の定めのある労働契約」についても適用されることとなりますが(同条は、期間の定めの有無により適用を区別していないからです。ただし、期間の定めのある労働契約においては、解雇の有効性の判断は、労契法第17条第1項の「やむを得ない事由」の中でのみ判断されるという考え方もあります)、上記の通り、「期間の定めのある労働契約」では、解雇権の発生要件として「やむを得ない事由」が必要となりますので、実際上は、この「やむを得ない事由」の存否の判断と解雇権濫用法理の判断は基本的には重なることとなります。
ただし、こちらで触れましたように、両者は同じではなく、証明責任の他、次のような違いがあります。
即ち、「期間の定めのある労働契約」における「やむを得ない事由」とは、「期間の定めのない労働契約」において適用される解雇権濫用法理の要件(解雇権の行使が認められる合理性・相当性の存在)よりも限定されたより重大な事由であることが要求されるといえます(期間の定めのある労働契約の場合は、期間を定めた当事者の意思からは、期間満了前の中途解約が認められるのはまさに例外の場合であるはずだからです)。
解雇の要件という観点から見ますと、次のように整理できます(こちらの「解雇の要件」の個所で見ました。川口「労働法」第5版553頁以下(初版514頁以下)の考え方を参考にしています)。
まず、解雇の(適法性・有効性の)要件として、使用者が解雇権を有することと解雇権の行使が適法であることが必要と解されます。
前者の使用者が解雇権を有するかどうか(解雇権の発生の根拠)については、「期間の定めのない労働契約(雇用契約)」の場合は、各当事者は、いつでも解約の申入れができますので(民法第627条第1項)、使用者は、解雇権を有することになります。
対して、「期間の定めのある労働契約」の場合は、使用者は、「やむを得ない事由」がなければ、期間満了前に解雇できないため(労働契約法第17条第1項。なお、民法第628条参考)、「やむを得ない事由」が存在する場合に、使用者は解雇権を有することになります。
そして、以上のように使用者が解雇権を有する場合(解雇権が発生している場合)であっても、解雇権の行使は適法になされる必要があります。
この解雇権の行使の適法性の問題の一つとして、解雇権濫用法理がある(即ち、解雇権の行使の濫用は禁止される)ということになります。
具体的には、例えば、就業規則に記載されている解雇事由(第89条第3号(労基法のパスワード))に該当するのかどうかも含めて、解雇権の行使の合理性・相当性が判断されます。
ただし、期間の定めのある労働契約の場合は、前述の通り、「やむを得ない事由」があるかどうかの判断の中で、実際は、この解雇権濫用法理と基本的には同様の判断が行われます。
なお、その他の解雇権の行使の適法性の問題として、すでに学習しましたように(このページの不利益取扱い等の禁止(こちら以下)でも触れます)、「解雇制限の期間」(こちら以下)や(これから学習しますが)「均等待遇(第3条)」に違反する解雇権の行使などがあります。
以下では、「期間の定めのない労働契約」における解雇権濫用法理の適用のされ方を見ていきますが、「期間の定めのある労働契約」における「やむを得ない事由」の判断についてもほぼパラレルに考えられます。
◯過去問:
・【平成23年問3B】
設問:
客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇をした使用者は、労働基準法に基づき、罰則に処される。
解答:
誤りです。
前述の通り、解雇権濫用法理は、以前は「労働基準法」で規定されていたものが、「労働契約法」の制定に伴い、「労働契約法」に移行されて規定されました。
そして、労働契約法では、「罰則」は定められていません。
労働契約法は、罰則の適用や行政上の監督といった公法的側面と関係しない個別的な労働契約関係に関する事項を定めようとしたものです。
なお、以前、解雇権濫用法理が労働基準法に規定されていた場合においても、解雇権を濫用した使用者に対して罰則は規定されていませんでした。
一 解雇権濫用法理の要件
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされます(労働契約法第16条)。
従って、解雇権の行使は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められることが必要です。
(一)客観的に合理的な理由の存在 = 合理性の要件(解雇の理由)
◆解雇権の行使に合理的な理由があると認められる場合として、一般に、次の4つのパターンに整理されています。
1 労働者の労働能力・適格性の欠如 = 労働者の状態
2 労働者の規律違反等の非違行為 = 労働者の行為
3 経営上の理由(経営不振)→ 整理解雇の問題(こちらで見ます)
4 ユニオン・ショップ協定に基づく解雇(労働組合法(労働一般のこちら以下)で見ます)
※ 以上の1と2は、労働者側に起因する事由であり、3は、使用者側に起因する事由といえます。4は少し特殊なケースです。
(二)社会通念上相当であること = 相当性の要件
◆上記(一)の解雇権の行使に合理的理由が存在する場合であっても、解雇権の行使に相当性があることも必要です(平たく言いますと、解雇では厳しすぎないかの問題です)。
以上の合理性・相当性の要件について、若干、補強します。
(一)客観的に合理的な理由の存在 = 合理性の要件
1 労働者の労働能力・適格性の欠如 = 労働者の状態
労働者の能力不足を理由とする解雇について、次の平成27年度の労働一般の択一式で問われました。
◯過去問:
・【労働一般 平成27年問1D】
設問:
裁判例では、労働者の能力不足による解雇について、能力不足を理由に直ちに解雇することは認められるわけではなく、高度な専門性を伴わない職務限定では、改善の機会を与えるための警告に加え、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされる傾向がみられる。
解答:
正しいです。
『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会報告書」(平成26年7月30日に発表された報告書です)からの出題でした。
なお、高度な専門性を伴う職務限定では、警告は必要とされますが、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされない場合もみられるとされます。
2 労働者の規律違反等の非違行為 = 労働者の行為
労働者の規律違反等の非違行為については、すでに見ました「懲戒事由」(こちら以下)とほぼ同様となります。
懲戒解雇がなされる代わりに、普通解雇がなされたことになります。
3 経営上の理由(経営不振)→ 整理解雇の問題(すぐあとのこちらで見ます)
(二)社会通念上相当であること = 相当性の要件
裁判所は、相当性が認められる場合について厳格に解しています(日本の裁判所は、相当性の要件を厳格に判断することが特徴とされます。水町「詳解労働法」第2版967頁注54(初版935頁注53))。
例えば、【高知放送事件=最判昭和52.1.31】では、アナウンサーが2週間余りの間に2度寝過ごしたため、早朝の定時ニュースを放送できないという事故を起こしたことを理由として解雇された事案において、次のように、労働者に有利な事情を極力考慮して解雇権行使の相当性を否定しています。
「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。
(中略)
本件事故は、いずれも被上告人の寝過しという過失行為によつて発生したものであつて、悪意ないし故意によるものではなく、また、通常は、フアツクス担当者が先に起きアナウンサーを起こすことになつていたところ、本件第一、第二事故ともフアツクス担当者においても寝過し、定時に被上告人を起こしてニユース原稿を手交しなかつたのであり、事故発生につき被上告人のみを責めるのは酷であること、被上告人は、第一事故については直ちに謝罪し、第二事故については起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力したこと、第一、第二事故とも寝過しによる放送の空白時間はさほど長時間とはいえないこと、上告会社において早朝のニユース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかつたこと、事実と異なる事故報告書を提出した点についても、一階通路ドアの開閉状況に被上告人の誤解があり、また短期間内に二度の放送事故を起こし気後れしていたことを考えると、右の点を強く責めることはできないこと、被上告人はこれまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くないこと、第二事故のフアツクス担当者Eはけん責処分に処せられたにすぎないこと、上告会社においては従前放送事故を理由に解雇された事例はなかつたこと、第二事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明していること、等の事実があるというのであつて、右のような事情のもとにおいて、被上告人に対し解雇をもつてのぞむことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある。」
※ 整理解雇
次に、上記(一)の3(こちら)の経営上の理由による解雇である整理解雇について、やや詳しく見ます。
(一)整理解雇とは、使用者が経営上の理由(経営不振や競争力強化等の理由)により人員削減のために行う解雇です。
※ 整理解雇は、実務上は重要ですが、試験対策上は最高裁の判例で出題の対象となりそうなものはないため、あまり力を入れなくてもよさそうです。
もっとも、前述のように、実務上の状況等が出題される可能性はあります。
(二)整理解雇は、他の類型の解雇とは異なり、労働者側に起因する事由を直接の理由とした解雇ではないため、一般の解雇に比べてより厳格に制約されています。
即ち、解雇権の行使の合理性・相当性という2つの要件を具体化する形で、次のような整理解雇の4つの基準(4要件とか4要素とか言われます。この4つの基準をすべて満たさないと整理解雇が認められないのかは争いがあります。近年は、4つの基準の全てを満たす必要は必ずしもないという4要素説の支持が多いとされます)が設定されています。
1 人員削減の必要性
経営上の理由により人員を削減する必要性が認められることが必要です。
近年の裁判例は、人員削減の必要性に関する使用者の経営判断を基本的に尊重する傾向にあるとされます。
2 解雇回避努力義務 = 人員削減の手段として解雇を選択することの必要性
人員削減の必要性が認められる場合であっても、使用者は、解雇を行う前に、残業の削減、新規採用の停止、配転、出向、一時帰休、希望退職の募集など、他の手段によって解雇回避の努力をする信義則上の義務があると解されています(こちらを参考)。
3 人選の合理性
被解雇者の選定について、客観的で合理的な基準を設定し、これを公正に適用して行うことが必要とされています。
4 手続の妥当性
使用者は、労働組合や労働者に対して、説明を行い協議をすべき信義則上の義務を負うと解されています。
※ 整理解雇について、前述の「『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会報告書」から抜粋し補充しておきます。
・整理解雇について、勤務地や職務の限定が明確化されていれば直ちに解雇が有効となるわけではなく、整理解雇法理(4要件・4要素)を否定する裁判例はない。
・解雇の有効性については、人事権の行使状況や労働者の期待などに応じて判断される傾向にある。また、転勤や配置転換が可能な範囲に応じて、解雇回避努力や被解雇者選定の妥当性等の判断が異なる傾向にある。
・勤務地限定や高度な専門性を伴わない職務限定については、整理解雇法理の判断に与える影響は小さく、解雇回避努力として配置転換を求められることが多い傾向が見られる。
他方、高度な専門性を伴う職務限定や他の職務とは内容や処遇が明確に区別できる職務限定については、整理解雇法理の判断に一定の影響があり、配置転換ではなく退職金の上乗せや再就職支援でも解雇回避努力を行ったと認められる場合がある。
・いずれにしても、使用者には、転勤や配置転換の打診を可能な範囲で行うとともに、それが難しい場合には代替可能な方策を講じることが、紛争を未然に防止するために求められる。また、そうした対応は結果的に雇用の安定を通じた長期的な生産性の向上などにつながると考えられる。
二 効果
(一)基本的効果
(二)解雇期間中の賃金
解雇が権利濫用として無効とされた場合、解雇後も労働契約は存続していたこととなるため、解雇により労働者が就労できなかった期間中の賃金請求権の存否が問題となります(水町「詳解労働法」第2版986頁(初版954頁)参考)。
この点は、労働義務が履行不能となった場合に使用者が反対給付(賃金請求権)の履行を拒めるかという危険負担の問題であり(後にこちら以下で詳しく見ます)、使用者の帰責事由の有無により処理されます(民法第536条第2項)。
解雇が権利濫用として無効となった場合は、通常、使用者に帰責事由が認められるため、労働者に当該無効期間に係る賃金請求権が認められるのが一般です。
以上で、解雇権濫用法理については終了です。解雇に関連する問題の最後として、不利益取扱い等の禁止について学習します。
〔4〕不利益取扱い等(としての解雇)の禁止
法令上、一定の理由による不利益取扱い等(その中に解雇も含まれることが多いです)が禁止されている場合があります。
大別しますと、(A)差別的取扱いの禁止のパターンと(B)不利益取扱いの禁止のパターンがあります。
(A)差別的取扱いの禁止は、同一に取り扱うことが要請される場合です(有利に取り扱うことも、基本的に、禁止されます。※1)。
(B)不利益取扱いの禁止は、不利益に取り扱うことが禁止される場合であり、有利に取り扱うことは許容されます。
※1「差別的取扱いの禁止=有利に取り扱うことも禁止」について:
上記(A)「差別的取扱いの禁止」については、同一に取扱うことが必要であり、有利に取り扱うことも禁止されるのが基本です。
のちに学習しますが、第3条(均等待遇)や第4条(男女同一賃金の原則)等においても、そのように解されています。
また、男女雇用機会均等法第8条(労働一般のパスワード)のいわゆる「ポジティブ・アクション」は、均等法第5条及び第6条(性別を理由とする差別の禁止)等が女性のみを有利に取り扱うことも禁止していることを前提としたうえで、雇用機会均等の確保の支障となっている事情を改善することを目的とする女性の優遇措置は適法とする趣旨です。
ただ、制度の趣旨等によっては、この「有利に取り扱うことも禁止される」という結論を維持しにくいケースもあり得ます。
例えば、いわゆる「有期プレミアム」(有期雇用であることによる雇用の不安定さを補償する趣旨で正社員よる高い労働条件が設定されているケース)は稀な例ではなく、また、「短時間プレミアム」(短時間労働であることによって労働密度や効率性・集中度が相対的に高くなる分より高い労働条件が設定されているケース)もあります。
しかし、短時間・有期雇用労働法第9条では、通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する「差別的取扱い」を禁止しており、これらの「有期プレミアム」等を「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」について設定することは、形式的には同条に違反することとなりかねません。
これを回避する法律構成として、「有期プレミアム」等の設定は、短時間・有期雇用労働法第9条の短時間・有期雇用労働者であることを「理由と」する差別的取扱いには該当しないとすることも考えられます。
しかし、「有期プレミアム」等の設定は、明らかに有期雇用労働者(短時間労働者)であることに基づいて同一でない取扱いをするものである以上、「理由と」するに該当しないという構成には不自然さがあることは否めません。
そこで、憲法第14条第1項(平等原則)におけるのと同様に、短時間・有期雇用労働法第9条においても(その文言にかかわらず)実質的に合理的な区別的取扱いは許容されると解することは可能であり、このような見地から、上記の「有期プレミアム」等の設定を適法とする余地はあります(詳細は労働一般のこちらで触れています)。
具体的には、水町「詳解労働法」第2版357頁(初版353頁)は、同法第9条の趣旨や前記の有期プレミアム等の問題を考慮して、短時間・有期雇用労働者に対する有利な取扱いは、同法第9条の「差別的取扱い」に該当しないという構成を採用しています。
荒木「労働法」第5版587頁注150は、現行法の解釈としては、有利な取扱いは同法第9条の「差別的取扱い」に該当しないと解して実質的に妥当な帰結を導くほかないが、しかし、労基法第3条(均等待遇)や第4条(男女同一賃金の原則)の「差別的取扱」については「当該労働者を有利又は不利に取り扱うこと」(両面的規制)と解する解釈が確立しており、混乱を招くこととなるので、短時間・有期雇用労働法第9条の文言は「差別的取扱い」ではなく「不利益取扱い」をしてはならないという文言に改められるべきであるとされます(なお、第4版563頁注134も参考)。
ちなみに、憲法第14条第1項は、「差別されない」と規定しています。この文言からは、一切の区別が許容されないかにも見えますが、そうは解されていません。各人に事実上の差異が存在することを無視して形式的平等を貫いては、かえって個人の尊厳を傷つけるおそれがあるからです。
従って、合理的な区別は許容されます(【最大判昭和39.5.27(待命処分判決)】等同旨)。
そこで、憲法第14条第1項の「差別されない」とは、「不合理な区別(異別取扱い)はされない」という意味となります。
従って、この「差別」という文言は、マイナスの意味合いを含んでおり、現在の「差別」の日常的(一般的)な使用方法と整合します。
他方、法令上、「不当な差別的取扱いをしてはならない」といった文言が用いられることも多いです(例えば、障害者雇用促進法第35条(労働一般のパスワード)(障害者の採用後における差別禁止)は、「障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない」とするなど、この種の文言を用いる法令は(労働法・社会保険法等を問わず)多数あります。具体例の一部は、障害者雇用促進法(労働一般のこちら以下)でも掲載しています)。
この場合は、「差別」的取扱いという文言は、それ自体は「区別」といった価値中立的な意味で用いられており、「不当な差別」という文言になることによってマイナスの意味合いを含むことになります(以上は、高見編「憲法1」第5版284頁や佐藤幸治「現代法律学講座 憲法」第3版471頁などを参考)。
このように「差別」の文言は、単なる「区別」の意味で用いられる場合(例:「不当な差別的取扱いをしてはならない」)と、「不合理な区別」というマイナスの意味で用いられる場合(例:「差別してはならない」)がありますが、いずれも合理的な区別を許容するという結論においては違いはないです(両者の用い方によって、立証責任が変わってくる可能性はあります)。
以下、解雇が含まれていない場合も併せて、不利益取扱い等の禁止の全体像の表(主なもの)を掲載しておきます。詳細は、各関連個所で説明致します。
※ 初学者の方は、ここはスルーして下さい。各関連個所を学習する際に、この一覧表のリンクを付けることがありますので、その都度、チェックして頂ければ足ります。
以上で、「労働契約の終了」における「解雇」の問題を終わります。
次のページにおいて、「解雇以外の労働契約の終了事由」について、学習します。