【令和6年度版】
第2款 効果
前のページで学習しました「労働契約」の「要件」を満たした場合、その「効果」として権利義務が発生します。以下、この「労働契約の効果 = 労働契約上の権利義務の発生」について、見ていきます。
ここは、難しい問題も多いですが、ひところ、出題が多かった個所です。
§1 基本的効果
◆労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを合意する契約であるため(労働契約法第6条、民法第623条参考)、労働契約が有効に成立した場合は、労働者は労働義務を負い、使用者はその労働の対償として賃金を支払う義務を負います。これが、労働契約の基本的効果です。
以下、この基本的効果について詳しく見ます。
〔1〕労働者の労働義務
一 債務の本旨に従った労働義務の履行
◆労働者は、労働契約上、労働義務を負います。
そして、労働者は、債務の本旨に従って労働義務を履行することが必要です(民法第493条、第415条第1項)。
この「債務の本旨」とは、債務の本来の趣旨・目的といった意味ですが、具体的には労働契約の解釈によって決定されることとなります(前のページのこちらで見ました確定性の問題です)。
即ち、当該労働契約において、いかなる内容の労働が要求されているのかを解釈・決定することとなります。
債務の本旨に従った労働義務の履行の提供がなされない場合(不完全な履行の提供がなされた場合)は、使用者は、その受領を拒否でき、当該不履行に対応した賃金の支払を免れるものと解されます。
※ なお、債務不履行と不法行為については、のちにこちらでやや詳しく見ます。
※【参考条文 民法】
上記に関する民法の条文を掲載しておきます。細かく覚える必要はありません。
民法第493条(弁済の提供の方法) 弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。 |
※ 次の、民法第415条は、令和2年4月1日施行の改正により改められました。改正前の第415条は、こちらでした。
民法第415条(債務不履行による損害賠償) 1.債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2.前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。 |
※ 改正後の民法第415条第1項は、履行不能以外の債務不履行についても、債務者の帰責事由の存在を要件とすることを明示したものです(改正前は、履行不能以外の債務不履行について、債務者の帰責事由の存在が要件である旨の明文がありませんでしたが、当該要件が必要と解釈されており、この解釈が明文化されたものです)。
また、同項ただし書において、帰責事由の証明責任を債務者が負うこと(債務者が帰責事由の不存在について主張立証責任を負うこと)が明文化される(これも、従来の取扱いが明示されたものです)とともに、帰責事由の判断要素が具体化されました(債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして判断されます)。
同条第2項では、債務不履行において、債務の履行に代わる損害賠償の請求の要件に関する規定が新設されています(この債務の履行に代わる損害賠償についても、従来、明文はないものの認められていました)。
なお、債務不履行に関する改正において重要な点は、契約の債務不履行について債務者に帰責事由がない場合であっても、債権者に当該債務不履行について帰責事由がなければ、債権者は当該契約を解除することができることに見直されたことです(改正後の民法第541条~第543条)。
従来は、履行不能について債務者に帰責事由がない場合は、債権者は契約の解除をすることができず(改正前の民法第543条ただし書)、履行不能以外の債務不履行についても同様に解釈されていました(つまり、改正前の民法第541条~第543条の解除(=法定解除)は、債務不履行(債務者の帰責事由を要件とします)の効果と構成されていました)。
しかし、債務が履行されない債権者を契約の拘束力から解放する必要もあるため、改正後は、当該債務不履行について債権者に帰責事由がないことを条件として、債務者に帰責事由がない場合における債権者による解除が認められたものです(例えば、債務者である売主の目的物が天災により滅失した場合に、債権者である買主は、当該売買契約を解除して、他の売主からより安く目的物を調達するようなことが可能となります)。
【改正前民法】
改正前民法第415条(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。 |
判例
この「債務の本旨に従った労働義務の履行の提供」があるといえるかどうかが争われた最高裁のケースがいくつかあります。過去問で出題されているものもありますので、見ておきます。理解のための時間を節約する見地から、事案の後に先に解説を入れます。
※ なお、労基法において、最高裁の判例は頻出であり、注意する必要があります。
択一式ならまだしも、選択式の場合にまったく見たことがない判例が出題されますと、かなり厳しい状態に陥りかねませんので、最高裁判例のキーワード(当サイトの太字部分)に注意して下さい(初学者の方も、最終的には、眼は通しておいて下さい)。
(一)【片山組事件=最判平10.4.9】
(事案)
建設会社で21年以上にわたり現場監督業務に従事してきたAが、バセドウ病のために現場監督業務を担当することができなくなり、事務作業への配置換えを希望した。
しかし、会社は拒否し、現場に出られるまでの間自宅療養を命じ、自宅療養期間中賃金を支払わなかったため、Aがこの賃金支払を請求した事案。
(解説)
病気のため従来の仕事を完全には行えなくなった場合において、他の業務を担当することは可能であって、当該労働者がその他の業務に就くことを希望しているときに、この他の業務に就くことの申出を行うことは、債務の本旨に従った労働義務の履行の提供といえるのかが問題となります。
債務の本旨に従った履行の提供といえるなら、会社がその履行の提供を拒絶したことは、民法第536条第2項(危険負担・債権者主義)の債権者の帰責事由と認められますから、会社は、この自宅療養期間中の賃金支払義務を負うこととなります(危険負担について詳しくはのちにみます)。
これは、結局は、当該労働契約の解釈の問題となりますが、判決は、以下のように、労働契約上、職種や業務内容の限定があったのか(本件では、現場業務だけでなく、内勤をも含みうるものとされていたのか)を重要なポイントとして考慮しています。
実質的には、信義則、当事者間の公平といった観点が考慮されているのだと思います。
次の判旨の前半部分を大まかにつかんでおいて下さい。
(なお、本問は、択一式の【労働一般 平成26年問1C(こちら)】で出題されました。)
(判旨)
「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。【労働一般 平成26年問1C(こちら)】
そのように解さないと、同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に、その能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か、また、その結果、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理である。」
○過去問:
・【労働一般 平成26年問1C】
設問:
労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当であるとするのが、最高裁判所の判例である。
解答:
前掲の判示の通り、正しいです。
(二)【水道機工事件=最判昭60.3.7】
(事案)
Aらが組織する労働組合が、会社に対して出張・外勤拒否闘争等に入る旨を通告した。
その後、会社はAらに対して出張・外勤命令を発したが、Aらはこれを拒否し、その間、内勤業務に従事した。そこで、会社は、出張・外勤業務に応じなかった日数分の賃金をカットしたが、Aらがその支払を求めた事案。
(解説)
本件は、会社が命じた業務と異なる業務を争議行為として行うことが、債務の本旨に従った労働義務の履行といえるかが問題となります。
1 出張・外勤拒否闘争
本件では、会社が命じた業務(出張・外勤業務)と異なる業務(内勤業務)を争議行為として行っていますが、これは、「出張・外勤業務についてのみ労働の提供を拒否するが他の業務は行う」という形態の争議行為です(特定業務の拒否)。
労働の不完全な提供(労働の一部の不提供)という態様の争議行為ですから、「怠業」(サボタージュ、スローダウン)としての性格が認められますが、本件では、使用者が望まない別の業務を積極的に行っているという側面も認められます。
なお、怠業が正当な争議行為といえるかは、具体的事情に基づき判断する必要がありますが、作業の能率を落とすような消極的な怠業にとどまる場合は、一般的には正当な争議行為の手段と認められるのが原則です(詳しくは、労働一般の労働組合法のこちら以下で学習します)。
正当な争議行為に該当する場合には、刑事免責(刑法上の違法性が否定され刑罰を科されません。憲法第28条(労働一般のパスワード)、労組法第1条第2項)及び民事免責(民事上の損害賠償責任も発生しません。憲法第28条、労組法第8条)を受けるほか、当該争議行為を理由とする不利益取扱いなどからも保護を受けます(憲法第28条ないし民法第90条、労組法第7条第1号(不当労働行為)等)。
ただし、争議行為により労働をしていない(不完全にしかしていない)部分についての賃金も請求できるかは別問題であり、これは本問でも関係します。
2 債務の本旨に従った労働の提供
ところで、債務の本旨に従った労働をしていない部分に対応する賃金請求権は、特段の合意等がない限り、発生しません(ノーワーク・ノーペイの原則)。
即ち、賃金の労働との対償性(労契法第6条、民法第623条。労基法第11条)及び報酬の後払の原則(民法第624条)に鑑みれば、特段の合意等がなければ、労働がなされて賃金支払義務が発生するのが原則であると解されます(詳しくは、こちら以下で見ます)。
そこで、労働者の意思により債務の本旨に従った労働がなされなかった場合は、(その労働不提供の部分に応じて)賃金支払義務は生じないと解されます(詳しくは、「賃金」の個所(こちら以下)で学習します)。
本件では、形式的には、労働の一部(内勤業務)は行っていますから、これが債務の本旨に従った履行といえるのなら、この一部労働に相当する部分の賃金は請求できることとなります。(※1)
この点は、本件労働契約及び本件出張・外勤業務命令の趣旨・解釈の問題となります。
即ち、出張・外勤業務命令が発せられた場合であっても、内勤業務に従事することが債務の本旨に従った労働と解釈できるのかどうかです。
結論として、最高裁は、次のように、原審が債務の本旨に従った労働の提供にあたらないとした判断を是認しました。
(判旨)
「原審は、右事実関係に基づき、本件業務命令は、組合の争議行為を否定するような性質のものではないし、従来の慣行を無視したものとして信義則に反するというものでもなく、上告人ら〔=Aら〕が、本件業務命令によつて指定された時間、その指定された出張・外勤業務に従事せず内勤業務に従事したことは、債務の本旨に従つた労務の提供をしたものとはいえず、また、被上告人〔=会社〕は、本件業務命令を事前に発したことにより、その指定した時間については出張・外勤以外の労務の受領をあらかじめ拒絶したものと解すべきであるから、上告人らが提供した内勤業務についての労務を受領したものとはいえず、したがつて、被上告人は、上告人らに対し右の時間に対応する賃金の支払義務を負うものではないと判断している。原審の右判断は、前記事実関係に照らし正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。」
本判決に関連して過去問があります。
〇過去問:
・【平成23年問6B】
設問:
労働者が業務命令によって指定された時間、指定された出張・外勤業務に従事せず内勤業務に従事した場合には労働者は債務の本旨に従った労務の提供をしたのであり、使用者が業務命令を事前に発して、その指定した時間については出張・外勤以外の労務の受領をあらかじめ拒絶していたとしても、当該労働者が提供した内勤業務についての労務を受領したものといえ、使用者は当該労働者に対し当該内勤業務に従事した時間に対応する賃金の支払義務を負うとするのが最高裁判所の判例である。
解答:
誤りです。
本問は、前掲の最高裁判例とは反対の内容となっています。
即ち、同判例は、本問の前段については、業務出張・外勤業務の命令に対して内勤業務に従事した場合は、債務の本旨に従った労務の提供にはならないとし、また、本問の後段については、使用者が出張・外勤の業務命令を事前に発したことにより、その指定時間につき出張・外勤以外の労務の受領をあらかじめ拒絶していたと解すべきとしています
※ なお、この出題は、労基法の出題としては、従来、取り扱われなかった分野に関する問題であり(内容的には、労働契約法の問題ともいえます)、かなり難しいものだったといえます(もっとも、この平成23年問6は、他の肢によって正解自体は導ける出題だったので、本肢の判例等を知らなくても、正解できました)。
3 正当な争議行為
以上のように、本件において、債務の本旨に従った労働の履行がなされていないとしても、出張・外勤命令を拒否して内勤業務を行ったことが正当な争議行為に該当しないか問題です。
例えば、ストライキにより労働を全く行わない場合は、債務の本旨に従った労働の履行はなされていませんが、当該ストライキが労務不提供に留まるものならば基本的には争議行為としての正当性が認められます。
仮に、本件の出張・外勤命令を拒否して内勤業務を行うことが正当な争議行為に該当する場合は、使用者が正当な争議行為を理由として不利益取扱いをすることは許容されませんから(憲法第28条、労組法第7条第1号(不利益取扱いの不当労働行為の禁止)等)、使用者は、当該内勤業務に係る労務の受領を拒否することはできず、行われた内勤業務に相当する分の賃金の支払を拒絶することは認められないとすることもできます(危険負担の債権者主義(民法第536条第2項))。
(そして、労働の一部の履行はしていますから、それが正当な争議行為に基づくものとして債務の本旨に従ったものと認められるならば、当該履行部分に相当する賃金請求権を認めても、ノーワーク・ノーペイの原則に反しないとなり得ます。)
ただ、(以下は私見です)本件では、出張・外勤命令を拒否すること自体は、争議行為として正当性が認められると考えられますが(この部分は、いわばストライキ的な側面です)、当該命令拒否を超えて本件のように使用者の意に反する内勤業務を行うことは、債務の本旨に従わない積極的行為がなされるものであること、また、内勤業務がなされても出張・外勤業務に十分代替できるわけでなく、当該出張・外勤がなされないことで会社の業務自体にも支障が発生しうること等に鑑みますと、基本的には、出張・外勤命令を拒否しての内勤業務の従事については争議行為としての正当性は認められない(使用者は、内勤業務の受領を拒否でき、当該内勤業務がなされても賃金支払義務は負わない)のではないかと考えます(詳細は、労働組合法のこちら以下で見ますが、怠業的行為と賃金請求権の関係については難しい問題があります)。
※1【参考:民法改正】
なお、民法改正により、雇用契約において、労働者の割合的賃金請求権の規定が明文化されました(民法第624条の2)。
即ち、雇用契約の労働者は、使用者の帰責事由により労働に従事することができなくなった場合、又は雇用が履行の中途で終了した場合は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができます。
従来も、解釈上認められていた内容を明記したものです。
なお、使用者に帰責事由がある場合は、危険負担の債権者主義(民法第536条第2項)が適用され、労働に従事していない部分も含め、労働者は報酬全額を請求できます。
以上で、「水道機工事件判決」について終わります。
二 職務専念義務
労働者の債務の本旨に従った労働の履行義務を、職務専念義務ということもあります。これに関する重要な判例もあります。
【目黒電報電話局事件=最判昭52.12.13】は、旧電電公社の職員が反戦プレートを着用して勤務をした等のため懲戒処分(戒告処分)を受けたという事案です。
旧公社法は、「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」旨を規定していました。
この判決は、職務専念義務の内容を、「勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定〔=上記旧公社法の規定〕の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。」と判示しました(結論として、本件懲戒処分を正当と認めています)。
試験対策上は、上記判旨につき、判例は職務専念義務を高度な義務ととらえていること、及び現実の職務遂行の阻害等の実害の発生を必ずしも要件としないとしていることは、大まかに記憶しておいて下さい。
この判例は、政治活動の自由や上記の職務専念義務といった重要な問題が多く、ここで詳細な検討をするのはバランスを失しますので、のちに「労働契約の変更」の「懲戒処分」の個所(こちら)で検討します。
以上で、労働契約の基本的効果としての「労働者の労働義務」に関する問題を終わります。
〔2〕使用者の指揮命令権・業務命令権
◆労働者の労働義務に対応する形で、使用者には、指揮命令権あるいは業務命令権が認められます。
一 指揮命令権(業務命令権)
(一)労働契約においては、労働者は使用者に使用されて労働する義務を負いますから(労働契約法第6条、民法第623条参考)、使用者は、労働者に対して、指揮命令権ないし業務命令権を有することとなります。
(二)この指揮命令権(業務命令権)の内容等は、基本的には、労働契約によって定まることになります。
ただ、就業規則(労働契約法第7条、第10条(労基法のパスワード))や労働協約(労働組合法第16条)においても、一定の場合に労働契約の内容を規律する効力(規範的効力)が認められていますから、これらも含めて労働契約の解釈(そこでは、労使慣行や信義則なども考慮されます)によって指揮命令権(業務命令権)の内容等は定まることとなります。
例えば、就業規則について見ますと、労働契約の締結又は変更の際に、内容(又は変更)の合理的と周知の要件を満たす場合は、当該就業規則の労働条件は労働契約の内容となりますから(労働契約法第7条、第10条)、かかる就業規則の規定に根拠を持つ業務命令であれば、労働契約の範囲内ということになり、労働者にはこれに応じる義務が生じるのが原則となります。
(三)ただし、使用者が当該指揮命令権(業務命令権)を有する場合であっても、指揮命令権(業務命令権)の行使は適法であることが必要です。
従って、例えば、指揮命令権(業務命令権)の行使の濫用は認められません(権利濫用禁止の法理。労契法第3条第5項 、民法第1条第3項)。
(以上については、次のページで見ます「人事権」(こちら)も参考です。)
以下、この指揮命令権(業務命令権)に関する3つの最高裁の判例を見ます。
最初の判例以外は、選択式の対象とはなりにくいかもしれません(とりあえず、事案と結論を押さえて下さい)。
二 最高裁判例
(一)【電電公社帯広局事件=最判昭61.3.13】
※ 本判決は、業務命令についての基本的考え方を示しています。判旨の太字部分を参考程度に見ておいて下さい。
なお、懲戒処分の考え方については、のちに「労働契約の変更」の「懲戒処分」の個所(こちら以下)で詳述します。
(事案)
頸肩腕症候群(けいけんわんしょうこうぐん。首筋から肩・腕にかけての異常を主訴とする症候群)に長期罹患している労働者に対して、会社(旧公社)が就業規則に基づく指定病院での精密健診(労働安全衛生法上の法定健康診断ではない法定外のもの)の受診を命令したところ、労働者が拒否したこと等を理由として懲戒戒告処分をした事案。
本件法定外の受診命令が正当な業務命令といえるか等が問題となりました。
(判旨)
「一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもつて指示、命令することができる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあると解すべきである。すなわち、労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、したがつて、使用者が業務命令をもつて指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によつてその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによつて定まるものであつて、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができる。」
※ なお、以下の就業規則の拘束力に関する判示については、現在では、労働契約法第7条(下記参考)(又は同法第10条)でほぼ同様の結論が規定されました。そこで、現在では、以下の判示は単に次の労働契約法第7条、第10条を挙げれば足りることとなります。
・労働契約法第7条
「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。」
ここでは、参考として、前記判示に引き続く部分もそのまま掲載しておきます。
〔判示の続き〕
「ところで、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質を認められるに至つており、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知つていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるというべきであるから(最高裁昭和40年(オ)第145号同昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁〔=秋北バス事件判決です〕)、使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点についても、関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいてそれが当該労働契約の内容となつているということを前提として検討すべきこととなる。換言すれば、就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているものということができる。」
※ そして、結論として、本件法定外の受診命令を定める就業規則の規定は合理的であり、労働契約の内容となっている旨を判示して、労働者の受診義務を認めました。
別の判例を見ます。
(二)【JR東日本(本荘保線区)事件=最判平8.2.23】
※ ここでは、(事案)と(結論)の部分を知っておけば足りると思います。
(事案)
組合のマーク入りのベルトを着用して就労していた組合員たる労働者に対して、上司が就業規則違反を理由にその取り外しを命じたが、これに従わなかったため、教育訓練として就業規則全文の書き写し等をさせた。当該労働者は、この書き写し等が違法な業務命令であるとして、会社及び上司に対して慰謝料請求をした事案。
(結論)
最高裁は、本件教育訓練(就業規則の全文の書き写し)が「肉体的、精神的苦痛を与えてその人格権を侵害するもの」であり、教育訓練についての裁量を逸脱、濫用した違法なものとして不法行為の成立が認められる、とした原審の判断を是認しました。
(解説)
本件の就業規則全文の書き写し等を命じた業務命令の適法性が問題となります。
この点、既述のように、労働契約上、使用者は、労働者に対して、指揮命令権ないし業務命令権(以下、「業務命令権」といいます)を有すると解されますが(その具体的内容等は、労働契約の他、就業規則、労働協約等により定まります)、業務命令権は適法に行使されることが必要であり、業務命令権の行使の濫用は認められません。
本件では、就業規則において、「社員は、会社の行う教育訓練を受けなければならない」旨の規定があったケースです。
この点、一般には、会社が適切な教育訓練を行うことは合理的といえ、業務命令権として教育訓練を命じる権限を労働契約の内容とすることは認められます(労働契約法第7条、第10条参考)。
ただし、業務命令権・教育訓練権の行使の濫用となるかが問題であり、当該業務命令・教育訓練の目的、内容、労働者に与える影響等を考慮して検討することになります。
その際、具体的な教育訓練の実施の要否、内容等については、基本的には、業務に通じている使用者側の判断が尊重される必要があるとはいえます。
しかし、労働者の人格権等を不当に侵害するようなものであってはなりません。
本件の原審では、教育訓練についての裁量を逸脱、濫用した違法なものとして不法行為の成立が認められるとしました。
その理由として、ベルト着用の就業規則違反が軽微であること、就業規則全文の書き写しは、肉体的・精神的苦痛を与えるもので合理的教育的意義や必要性も認められないこと、書き写しを命じた上司の態度が人格をいたずらに傷つけるもの等であったこと、長時間にわたって行われたことなどを考慮すると、本件教育訓練は懲罰的目的から行われたものと推測され、故なく肉体的、精神的苦痛を与えてその人格権を侵害するものと解されることを挙げています。
なお、本件では、組合のマーク入りのベルトを着用しつつ業務に従事する点が就業規則に違反するのかも論点となりますが、これは組合活動権と企業秩序維持権等との関係の問題であり、特に職務専念義務の違反が問題となります。
職務専念義務違反については、本件ベルトの着用により職務に向けられるべき注意力の減殺も、業務に具体的な支障が生じることもないので、職務専念義務違反と認められないとした原審の判断が是認されました。
より詳しくは、後述の「懲戒処分」の「目黒電報電話局事件=最判昭52.12.13」の個所(こちら以下)の他、労働組合法の組合活動の個所(労働一般のこちら以下)で見ます。
(三)【国鉄鹿児島自動車営業所事件=最判平5.6.11】
※ この判例は、(事案)と(結論)の部分を知っておけば足りると思います。
(事案)
国鉄の職員たる組合員が国労バッジを着用したまま点呼業務に従事したため、上司が取り外しを命じたが従わなかったことから、点呼業務から外して営業所構内に降り積もった火山灰の除去を命じた。当該組合員が、これらの業務命令が不法行為を構成するとして慰謝料を請求した事案。
(結論)
不法行為と認められませんでした。
即ち、降灰除去作業は、本件組合員の労働契約上の義務に含まれるものであり、また、バッジを着用したまま点呼執行業務に就くという違反行為を行おうとしたことから、職場規律維持の上で支障が少ないものと考えられる屋外作業である降灰除去作業に従事させることとしたものであって、職場管理上やむを得ない措置ということができ、本件組合員に対して不利益を課するという違法、不当な目的でされたものであるとは認められないとされました。
(判旨)
まず、最高裁は、原審の次の(1)(2)の判示を是認しています。
(1)降灰除去作業は、被上告人〔=本件組合員〕の労働契約上の義務の範囲内に含まれるから、本件各業務命令を労働契約に根拠のない作業を命じたものとはいえない。
降灰除去作業は、営業所の職場環境を整備して、労務の円滑化、効率化を図るために必要なものであり、作業内容、作業方法等も社会通念上相当な程度を超える過酷な業務に当たるものともいえず、従来も、職員がその必要に応じてこれを行うことがあったことを挙げています。
労働契約の合理的解釈から、降灰除去作業が労働契約上の義務に含まれるとしたとものといえます。
(2)また、本件バッジの着用は、職場規律を乱し、職務専念義務に違反するものであるから、上告人〔=上司〕がした取外し命令及びこれに従わなかった被上告人を点呼執行業務から外した措置には、いずれも合理的な理由があり、これが違法なものとはいえない。
※ しかし、原審は、「本件各業務命令は、被上告人には運輸管理係としての日常の業務があり、殊更降灰除去作業を命ずべき必然性はなかったのに、本件バッジの取外し命令に従わなかったことに対し、懲罰的に発せられたものである。このように、かなりの肉体的、精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせることは、業務命令権の濫用であって違法である。」として、不法行為の成立を認めたのに対して、最高裁は、以下のように認めませんでした。
「降灰除去作業は、F営業所の職場環境を整備して、労務の円滑化、効率化を図るために必要な作業であり、また、その作業内容、作業方法等からしても、社会通念上相当な程度を超える過酷な業務に当たるものともいえず、これが被上告人の労働契約上の義務の範囲内に含まれるものであることは、原判決も判示するとおりである。しかも、本件各業務命令は、被上告人が、上告人A1の取外し命令を無視して、本件バッジを着用したまま点呼執行業務に就くという違反行為を行おうとしたことから、自動車部からの指示に従って被上告人をその本来の業務から外すこととし、職場規律維持の上で支障が少ないものと考えられる屋外作業である降灰除去作業に従事させることとしたものであり、職場管理上やむを得ない措置ということができ、これが殊更に被上告人に対して不利益を課するという違法、不当な目的でされたものであるとは認められない。なお、上告人ら管理職が被上告人による作業の状況を監視し、勤務中の他の職員が被上告人に清涼飲料水を渡そうとするのを制止した等の行為も、その管理職としての職責等からして、特に違法あるいは不当視すべきものとも考えられない。そうすると、本件各業務命令を違法なものとすることは、到底困難なものといわなければならない。」
※ 労働組合員が組合バッジを着用したまま点呼業務に従事することを正当な組合活動に該当すると考えるのかどうかが論点となります(正当な組合活動に該当するなら、当該組合活動を理由として降灰除去作業をさせることなどは認められません(憲法第28条、労組法第7条第1号(不利益取扱いの不当労働行為)等))。
この点については、労働組合法の組合活動の個所(こちら以下)で詳述しています。
以上、使用者の指揮命令権・業務命令権でした。