【令和6年度版】
〔2〕賃金請求権の発生の要件
賃金請求権の発生の根拠と要件が問題です。
この点は、私的自治の原則(契約自由の原則。こちら)から、基本的には、賃金請求権は当事者の合意(労働契約)に基づき発生するものと解されます。
従って、賃金請求権の発生の要件についても、原則として、労働契約により定められるものとなります。
具体的には、労働契約(合意)の他、就業規則、労働協約(労働契約法第7条(労基法のパスワード)、労働組合法第16条)等の労働契約を規律する法源(こちら以下)も考慮することになります。
ただし、賃金請求権は、労働と対価的関係にあること(労働契約法第6条及び民法第623条では、労働に対して賃金(報酬)を支払う旨を規定しています。また、労基法第11条は、労基法上の「賃金」とは、「労働の対償」として使用者が労働者に支払うすべてのものと定義しています)、そして、民法の雇用契約において報酬の後払の原則も定められていること(民法第624条。任意規定です)に鑑みれば、当事者間の合意内容が不明確な場合には、労働契約の合理的解釈として、労働義務の履行後(又は報酬の単位期間の経過後)に具体的な賃金請求権が発生するものと解されます。
そして、この労働義務の履行は、債務の履行(弁済)の原則通り、債務の本旨に従ったものであることが必要です(民法第493条、第415条)。
この債務の本旨に従った労働がなされて初めて具体的な賃金請求権が発生するという考え方が、ノーワーク・ノーペイの原則です。
例えば、月給制の場合に、賃金の計算期間は月末までとしつつ月の中途で1か月分の賃金が支払われるケースがあり、この場合は、月の中途の支払日以降の期間の分は、賃金の前払をしていることとなり、ノーワーク・ノーペイの原則の例外となります。
また、いわゆる完全月給制は、遅刻、早退や欠勤等をしても賃金が減額されない制度であり、この場合もノーワーク・ノーペイの原則の例外となります。
このような合意がないような場合には、ノーワーク・ノーペイの原則を適用することになります。
※ ちなみに、労働契約(雇用契約)が成立した場合は、使用者は賃金(報酬)支払義務を負いますが(民法第623条、労働契約法第6条等)、この段階では労働者は具体的な賃金支払請求をできるわけではなく、抽象的な賃金請求権を有するに過ぎないとされています。
その後、労働義務の履行により具体的な額等が確定した賃金請求権(具体的な賃金請求権)が発生するとされており、このように債務の本旨に従った労働義務が履行されて初めて具体的な賃金請求権が発生するというのがノーワーク・ノーペイの原則であると解されています。
そして、この労働義務の履行により具体的な賃金請求権(具体的報酬請求権)が発生すること(つまりノーワーク・ノーペイの原則)の民法上の根拠については、民法第623条(雇用契約の基本的条文)に求める説(中田「契約法」新版496頁。民法の学説上はこの説が多いようです。なお、川口「労働法」第5版259頁参考)と民法第624条に求める説(潮見、荒木「労働法」第4版135頁、山川等)があります(後者の説は、民法第624条が具体的報酬請求権と支払時期について定めたものと解しています)。
当サイトでは、この点はぼかしており、前述のように民法第623条と第624条の両者ともに根拠条文として挙げています。
※ なお、ノーワーク・ノーペイの原則については、上記のように理論的な説明の仕方に微妙なニュアンスの違いがあったり、この原則を認めない説もあったりしますが、さしあたり、当サイトでは、上記のように押さえておきます。
水町「詳解労働法」第2版601頁・1163頁(初版586頁・1125頁)では、ノーワーク・ノーペイは、「当事者間の合意内容が明らかでない場合の任意的な解釈準則(補充的なルール)にすぎないものであり、解釈の『原則』とはいえない」旨を指摘しています。
確かにそのように解されるといえ、本来は、「ノーワーク・ノーペイのルール」といった表現の程度に留めたほうがよさそうですが、当サイトでは、これまでの慣用を考慮して、「ノーワーク・ノーペイの原則」と表現しています。
※ 賃金請求権の発生の根拠や性質については、菅野「労働法」第13版342頁において、旧版から記載が追加された部分がありますので、以下、引用します(引用頁などをカットしたり、リンクを付した箇所があります)。
〔要旨の引用開始。〕
労働契約上の賃金請求権の発生については、労働契約法では規定がなく、民法における雇用の規定や契約の一般規定に委ねられている。
(1)賃金後払いの原則
民法によれば「労働に従事すること」の報酬としての賃金(民623条)は、労働者が「その約した労働を終わった後でなければ」請求できない(同624条1項)。
つまり、民法では、賃金は、労働と同時履行ではなく後払いとされている。
さらに、期間をもって定めた報酬は、その期間が経過した後でなければ請求できない(同条2項)。つまり、月をもって額を定める月給、週をもって定める週給、日をもって定める日給においては、それぞれ単位期間である月、週、日において労働がなされ、かつそれらの期間が終了した時点でしか報酬は請求できない。
このように、賃金請求権は労働者の労働義務の履行によって発生するものであり、売買契約の代金債権のように契約の締結により発生するものではないので、労働義務の履行が賃金請求権の発生要件となる。
ただし、ここでいう賃金請求権は、いわゆる支分権としての、裁判上履行請求が可能となる具体的な賃金請求権であって、賃金の支払を求めうる地位を意味する基本権としての賃金債権は、労働契約の締結により発生する。
両者の差異は、賃金債権の差押えの際に現れ、労働が未了の賃金債権(基本権)も差押えの対象となるが、支払に代わる権利移転の効果をもつ転付命令の対象は労務が終了している部分のみである。
なお、賃金請求権を発生させる労働義務の履行は債務の本旨に従ったものであることを要するが、使用者が労務を受領して労働者をその指揮命令下に置いたと評価できる事案では、労働義務が履行されたものとして賃金請求権が発生する場合がある。
これらが、民法の雇用の諸原則であるが、これらは任意規定であって、当事者がこれと異なる定めをしたときはその定めの方が優先する。実際にも、家族手当や住宅手当などの生活手当を労働に従事していなくても(欠勤しても)差し引かないこととしたり、月給制において月の中途払を行ったりすることが良く行われる。
また、報酬の期間終了時払の原則については、労基法は、非常時払(25条)という労働者保護を行っている。
〔引用終了。〕
【参考条文 民法】
民法第624条(報酬の支払時期) 1.労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2.期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。 |
※ 民法改正については、すぐ下部で記載しています。
○【宝運輸事件=最判昭和63.3.15】
「賃金請求権は、労務の給付と対価的関係に立ち、一般には、労働者において現実に就労することによつて初めて発生する後払的性格を有する」。
※ この判例は、「一般には」として、ノーワーク・ノーペイの原則を認めたものといえます。
【参考:民法改正】
令和2年4月1日施行の民法の改正により、前記の民法第624条のあとに、次の民法第624条の2(履行割合に応じた報酬請求権。割合的報酬請求権)が新設されました。
民法第624条の2(履行の割合に応じた報酬) 労働者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 使用者の責めに帰することができない事由によって労働に従事することができなくなったとき。
二 雇用が履行の中途で終了したとき。 |
※ 改正のポイントは、次の通りです。
◆労働者は、次①又は②の場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができます。
①使用者の責めに帰することができない事由によって労働に従事することができなくなったとき。
②雇用が履行の中途で終了したとき。
雇用契約では、労働者は、原則として、労働が終わった後に報酬を請求することができますが(民法第624条)、上記2つの場合は、報酬の支払時期にかかわりなく、労働者の履行割合に応じて報酬を請求できることとしたものです。
(従来も、解釈上は認められていたものが明文化されたものです。)
上記①の「使用者の帰責事由によらない労働不能」の場合とは、「当事者双方に帰責事由がなく労働不能となった場合」と「労働者の帰責事由により労働不能となった場合」のことです。
「使用者に帰責事由がある労働不能の場合」は、のちに見ます危険負担(民法第536条第2項)の問題となります(使用者は労働者の報酬全額の請求の履行を拒絶することはできません。こちら以下)。
上記②の「雇用の中途終了」の場合とは、例えば、使用者が解雇した場合や労働者が死亡したような場合であり、期間の定めのある雇用契約における期間の満了や約定の労務が終了した場合を除く雇用の終了の場合です。
なお、民法の他の役務提供契約(請負の民法第624条、委任の第648条第3項、寄託の第665条)においても、同様に、割合的報酬請求権に関する規定が新設されています。
〔3〕賃金請求権の内容
賃金請求権の内容(労働契約の有効要件の問題にもなります)についても、私的自治の原則・契約自由の原則からは、基本的には当事者の合意により決定されるべきものですから、就業規則等を含む労働契約を解釈して判断される問題となります。
ただし、労働者の保護の見地から法令上の制限がなされている場合もあり、最低賃金法による最低賃金の問題と労基法による出来高払の原則の問題が重要です。
〈1〉最低賃金法
最低賃金法は、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もって労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資すること等を目的とする法律です(最低賃金法第1条(労働一般のパスワード))。
【条文】
労働基準法第28条(最低賃金) 賃金の最低基準に関しては、最低賃金法(昭和34年法律第137号)の定めるところによる。 |
○趣旨
もともとは、労基法において最低賃金に関する規定がありましたが、昭和34年の最低賃金法の成立に伴い、最低賃金については最低賃金法が定めることとしました。
私的自治・契約自由の原則から、本来は、労働契約の内容である賃金の額は、使用者と労働者の合意によって自由に決定されるべきものです。
しかし、それにより、労使間の力関係の格差の下、賃金が不当に低額に定められて労働者の生活の安定が害されたり、事業の不公正な競争が行われるといった弊害が生じるおそれがあります。
そこで、最低賃金法では、賃金の最低基準を設定し、最低賃金を下回る賃金の設定を禁止したものです。
詳しくは、労働一般の最低賃金法(こちら以下)で学習します。
〈2〉出来高払制の保障給(労基法第27条)
◆出来高払制その他の請負制で使用する労働者について、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金を保障しなければなりません(第27条)。
【条文】
第27条(出来高払制の保障給) 出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。 |
【記述式 平成10年度 =「労働時間」】/
【選択式 令和元年度 C=「労働時間」(こちら)】
○趣旨
賃金が労働の成果ないし出来高に応じて決定される出来高払制その他の請負制において、出来高が少ない場合であっても、労働時間に応じて一定額の賃金を保障することにより、労働者の生活の安定を図ったものです。
一 要件
(一)出来高払制その他の請負制で使用する労働者であること
1 請負制とは、一定の労働の成果ないし出来高に応じて賃金が算定されるもののことです。
要するに、歩合制のことです。
民法上の請負契約のことではありません。民法上の請負契約は、当事者の一方(請負人)がある仕事を完成することを約束して、相手方(注文者)がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束することによって成立するものであり(民法第632条)、報酬は必ずしも出来高によって決定される必要はありません。
出来高払制は、この請負制の一種であり例示となります。
2 請負制には、全部が請負制の場合だけでなく、一部が請負制の場合も含み、この一部請負制の場合は請負制の部分について一定額の賃金の保障を定めることが必要とされます(【昭和22.9.13発基第17号】/【昭和63.3.14基発第150号】参考)。
そして、固定給の部分が賃金総額中の大半(概ね6割程度以上)を占めている場合は、本規定の「請負制」には該当しないとされています(前掲発基第17号、基発第150号)。
◯過去問:
・【平成26年問4E】
設問:
いわゆる出来高払制の保障給を定めた労働基準法第27条の趣旨は、月給等の定額給制度ではなく、出来高払制で使用している労働者について、その出来高や成果に応じた賃金の支払を保障しようとすることにある。
解答:
誤りです。
第27条の出来高払制の保障給の制度は、賃金が労働の成果ないし出来高に応じて決定される出来高払制その他の請負制において、出来高が少ない場合であっても、「労働時間」に応じて一定額の賃金を保障することにより、労働者の生活の安定を図ったものです。
従って、同条は、「出来高や成果に応じた賃金の支払を保障しようとすること」を趣旨とするものではなく、出来高や成果に応じて賃金が決定される労働者について、「労働時間に応じた一定額の賃金を保障しようとする」趣旨です。
(二)労働者が労働をしたこと
本条は、「労働時間に応じ」一定額の賃金を保障するものですから、労働者が労働したことを前提としています。
即ち、労働者が就業しなかった場合は、基本的には、使用者は賃金支払義務を負わず(債務の本旨に従った労働がなされていないため、ノーワーク・ノーペイの原則によるものと解されます)、本条の保障給の支払も不要と解されます(【昭和23.11.11基発第1639号】参考)。
また、休業が使用者の帰責事由によるものであるときは、後述の休業手当(第26条)の規定(さらに、後述の民法第536条第2項の危険負担・債権者主義)が適用されるのであり、本条は適用されないと解されています。【過去問 平成13年問4B(こちら)】
そこで、本条が適用される場合は、労働者が労働(就業)したのにもかかわらず、材料不足や機械の故障等によって手待ち時間が増えたり、あるいは原料粗悪により出来高が減少したために、支払われる賃金が低下したような場合となります。
◯過去問:
・【平成13年問4B】
設問:
出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者の責めに帰すべき事由によって休業する場合においても、使用者は、労働基準法第27条の規定に基づく出来高払制の保障給を支払わなければならない。
解答:
誤りです。
休業が使用者の帰責事由によるものであるときは、休業手当(第26条)の規定(さらに、民法第536条第2項の危険負担・債権者主義)が適用されるのであり、第27条の出来高払制の保障給の規定は適用されないと解されています。
二 効果
(一)基本的効果
◆使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければなりません(保障給)。
1 保障給は、労働時間に応じた一定額であることが必要ですから、時間給であることが原則と解されます。
従って、労働者の実労働時間の長短と関係なく単に1か月について一定額を保障するものなどは、本条の保障給にはあたりません。
【過去問 平成28年問3E(こちら)】
2 保障給の額について、本条は「一定額」としか定めていませんが、本条が労働者の生活の安定を図る趣旨であることに照らせば、常に通常得ている賃金と余り隔たらない程度の収入が保障されるように保障給の額を定めるべきとされます(前掲発基第17号、基発第150号)。
大体の目安としては、休業の場合についても平均賃金の100分の60以上の休業手当の支払が必要であること(第26条)とのバランスから、労働者が現実に労働している本条の場合については、少なくとも平均賃金の100分の60程度を保障することが妥当であると解されています(厚労省コンメ令和3年版上巻389頁(平成22年版上巻378頁)や「実務コンメンタール」第2版179頁を参考)。
○過去問:
・【平成17年問1A】
設問:
ある会社で、出来高払制で使用する労働者について、保障給として、労働時間に応じ1時間当たり、過去3か月間に支払った賃金の総額をその期間の総労働時間で除した金額の60パーセントを保障する旨を規定し、これに基づいて支払いを行っていた。これは、労働基準法第27条の出来高払制の保障給に関する規定に違反するものではない。
解答:
正しいです。
上記本文の通り、大体の目安として、平均賃金の60パーセント程度の保障が妥当とされています。
本問は、細かく難しい問題といえます。
ただ、休業手当の60%を思い浮かべることができれば、本問の60%の保障も不当ではないと推測はできるところです。
もっとも、この平成17年問1(誤りを見つける出題)は、他の選択肢が誤りであることがわかりやすい問題ではあったため、結果的には、本肢の正解・不正解はあまり影響しなかったといえます。
・【平成28年問3E】
設問:
労働基準法第27条に定める出来高払制の保障給は、労働時間に応じた一定額のものでなければならず、労働者の実労働時間の長短と関係なく1か月について一定額を保障するものは、本条の保障給ではない。
解答:
正しいです。
本文では、こちらで掲載していました。
・【令和4年問6オ】
設問:
労働基準法第27条に定める出来高払制の保障給について、同種の労働を行っている労働者が多数ある場合に、個々の労働者の技量、経験、年齢等に応じて、その保障給額に差を設けることは差し支えない。
解答:
正しいです(厚労省コンメ令和3年版上巻389頁(平成22年版上巻379頁))。
第27条の保障給の金額は、一定の労働については常に一定していることを要しますが、同条の一定額とは、個々の労働者について、その行う労働が同種のものである限りは常に一定の金額を保障すべきであることをいうものと解されています。
そこで、同種の労働を行っている労働者が多数ある場合に、個々の労働者の技量、経験、年齢等に応じて、その保障給額に差を設け、また同一の労働者に対しても、別種の労働に従事した場合には、異なる金額の保障給を支給することは差し支えないとされます。
(二)公法上の効果
本規定に違反して、賃金の保障をしない使用者は、30万円以下の罰金に処せられます(第120条第1号)。
保障給を定めていない(あるいは、定めたがその額が妥当な保障給といえない場合も含みます)だけで、本規定違反が成立します(「賃金の保障をしなければならない。」という「保障」の文言からは、そう解されます)。
以上で、賃金請求権の内容に関する問題を終わります。次のページでは、特殊な賃金として、賞与及び退職手当について整理します。